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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第一章 宿敵 5

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「ん、何だこれ?」
 翌日、登校したカオルは、くつ箱の中に見 慣れないものを見つけ手に取った。
 それは、うすい桃色の可愛らしい封筒で、中には手紙か何かが入っているようだ。
 驚いたカオルは急いで封筒をかばんの中にかく し、まわりを確認した。
 周囲には数人の生徒がいたものの、幸いにも封筒に気づいた人はいないようだ。
 ど、どうしよう?
 カオルは戸惑った。しかし、ここで立ち尽くすのは不自然と思い、とりあえず教室へ歩き出す。
 が、ふと思い直し、全くの別方向へ向き直ると、人通りが少ない廊下を見つけて歩き出した。
 一連の行動を警察が見てたら、職務質問どころか、その場で取り押さえられても不思議でないぐらい、挙動不審極まりなかったが、幸せにもカオルは、そんな ことを考える心の余裕などなかった。
 カオルは近くのトイレに入った。予想通り室内には誰もいない。まったく汚れてないところを見ると、ずっと使われてないのだろう。
 さらに用心のため、カオルは個室に入りカギを閉めた。そして、例の封筒をかばんから取り出す。桃色の封筒は、ハート型のシールで封をされているだけで、 差出人は書かれていない。
 いったい誰が入れたんだ? さわちゃんか、れいちゃんかな? いや待てよ、わざわざ手紙を書くぐらいだから、まったく知らない人かもしれない。うーんわ からん。
 カオルは差出人を考えたが、まったく見当もつかないため、とにかく開けてみることにした。
 中には一枚の手紙が入っていた。
 とても可愛らしい、丸みのある文字で書かれている。多分、女の子が書いたのだろう。カオルは期待と不安を痛いぐらいに感じながら、手紙に目を通す。

 ──谷風君、こんにちは。今、わたしはとても切ない気持ちで手紙を書いています。この気持ちは、谷風君を見た時からずっと続いていて、静まりそうにあり ません。どうしても谷風君にこの気持ちを伝えたいと思っています。今日の放課後三時に、体育館裏に来て下さい。──

 書いた人の切ない気持ちが伝わってくるこの手紙は。
「ラブレターだ!」
 思わず口に出してしまったカオルは、両手で口もとをおさえた。念のため、個室を出て人に聞かれていなかったか確認したが、さっきと変わらず誰もいない。
 カオルはふたたび個室に戻ってカギを閉めた。それから、もう一度じっくりと手紙を読み直す。読んでると書いた人の気持ちが手紙からしみじみと伝わって来 る。この子がカオルのことを本当に好きで、どうしてもそのことを伝えたいと思っている。カオルにはそう感じた。
 体がわずかに震えだし、目もとがじんわりと熱くなる。
 今までカオルは、女の子に好きだと言われたことはないし、そんなこと想像さえしたことがない。ずっといじめられていたから当然だ。そんなカオルにとって は、この手紙をもらったことは本当にうれしいことだった。今までの人生で一番うれしいことだと、自信を持って言えるぐらいうれしいことだった。
 手紙を胸に抱きしめたカオルは、しばらくの間そのうれしさをかみしめた。

 その後、急いで教室へ向かったカオルだが、教室の引き戸の前で立ち止まった。
 昨日、鮫口たちは、朝の一件以来何もしてこなかった。だが、今日も何もしてこないとは限らない。浮かれた気持ちをいじめに立ち向かう勇気に変えるため、 胸に下げた母の形見の指輪を、カオルは学生服ごしに握りしめて、気持ちを奮い立たせる。
 そして、意を決して引き戸を開けると、教室に踏み込んだ。
 教室中の生徒の視線がカオルに集まる。教室の後方にたむろしていた鮫口たちも、カオルに鋭い視線を向けた。
 昨日の朝を再現したような光景に、教室の空気は一瞬で凍りつき、無音となった。
 しかし、カオルはためらうことなく、緊張で張りつめた教室の中を歩き出す。
 突然、カオルの横合いで沈黙が破られた。
「谷風君、遅いよー」
 驚いてしまったのが恥ずかしくなるくらい、可愛く怒った声だった。
 カオルの横で、両手を腰に当てて仁王立ちし、ぷんぷんと怒っているのはセミロングの水沢さやかだ。その後ろでお下げの緑川玲子が、「おはよう」と短くあ い さつをした。
「まったくもー、谷風君遅いから、今日は休みかと思ったよ」
「ご、ごめん」
「ほんとに反省してる? 入学早々だらけたらダメだよ。明日からはもっと早く来ること」
「……う、うん」
「あー自信ないんだ。さては寝坊の常習犯だなー。そういう時は、子猫ちゃん目覚ましを使うといいよ。朝になると子猫がにゃーにゃー泣いてね、エサをあげな いと泣き止んでくれないの。エサって言ってもキャットフードじゃなくて、なんと、十円玉! 貯金も一緒にできる優れものなんだから。三毛猫と、トラ猫と、 それから、えーと、白と、黒と──」
 春のそよ風のように軽快な水沢の話し声が、教室の凍りついた空気をゆっくりと溶かす。
 鮫口の感情も溶かしてしまったのか、鮫口は視線をカオルから仲間たちに戻した。すると、他の生徒たちも安心したようで友達同士のおしゃべりに戻る。
「──でね、三毛猫の子猫ちゃん目覚ましがミケちゃんで、トラ猫のがトラちゃんなの。今度──」
「さわちゃん、もう席に着かないと、先生が来ちゃう」
「あーほんとだ! 谷風君、それじゃ、またあとでね」
 カオルたちが席に着いたと同時に、担任の男性教師が来て朝の会が始まった。

 その日の学校は何事も無く平穏だった。
 しかし、カオルの心の中は平穏とはほど遠かった。例の手紙の件だ。
 カオルは手紙の差出人が誰なのか気になって仕方がなかった。誰かが自分を見てないか、不審な行動を取っている人はいないかと、授業中、休み時間中を問わ ず、そわそわとまわりを確認した。だが、カオルを見ている人はおらず、不審な行動を取っているのもカオルだけだった。
 水沢はそんなカオルを見て、昨日けんかをしていた時や、その後に話をした時とはだいぶ印象が違うと感じたのか、「多重人格だ」と言って驚いていた。

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