トップへ目 次へ>このページ

暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第一章 宿敵 6

前のページへ 目次に戻る 次のページへ


 放課後、多くの生徒が部活見学に行く中、水沢の流れるような会話を聞きつつ、緑川からツッコミの極意を盗んでいたカオルは、時間を見計らって二人と分か れ、体育館裏へ向かった。今から体育館裏へ行けば、ちょうど約束の三時に着く。
 体育館は、部活に打ち込む生徒のかけ声が響いていた。
 二メートルはゆうにある高いブロック塀が体育館を囲んでおり、塀との間は自動車が問題無く通れるぐらいの幅だ。
 カオルは、期待と不安で高ぶる気持ちをおさえながら歩いた。少し歩くと、前方に曲がり角が見えてきた。恐らく、そこを曲がったところが待ち合わせの場所 だ。
 そこでは手紙をくれた女の子がカオルを待っていて、告白をしてくる。
 そう思ったとたん、緊張がカオルを襲ってきた。急激に速くなった心臓の鼓動が歩くリズムを狂わせ、からからにかわいたのどが呼吸のリズムを狂わせる。
 それでもカオルは平静を装って角を曲がる。すると、そこには誰もいなかった。
 日の当たらない袋小路は、ひっそりと静まりかえっている。
 カオルは辺りを見渡した。だが、コンビニ前の駐車場ぐらいの広さのその場所は、かくれるところなどどこにも無い。
 カオルは拍子抜けした。しかし、気を取り直して相手を待つことにする。だが、五分待っても、十分待っても相手は来ない。
 そして、さらに五分待ったあと、カオルがあきらめて帰ろうとした時、曲がり角の先から話し声が聞こえてきた。一気に緊張が舞い戻り、心臓の鼓動が速まっ たカオルは、声に耳をすませた。
「おれ、来てないに五百円」
「んじゃ、おれも来てないに五百円。……いや、やっぱ奮発して千円」
「絶対来てるって。わたし、手紙の内容ちょー自信あるし。私立の女子中行った友達に手伝ってもらったんだから」
「それマジ? サオリが書いたんじゃないの? だったら、おれは来てるに千円!」
「何それ? ちょーむかつく。こっちはわざわざ手伝ってやってるっつーのに」
 何やら聞き覚えのある声だった。
 その声を不思議に思ったカオルの前に、一人の女子生徒が姿を見せた。
「ほらーやっぱり来てるじゃん!」
「うそ、マジで? うわーマジだ! マジで来ちゃってるよ!」
「マジかよぉー、千円もかけるんじゃなかったぁー」
「よっしゃぁぁーー、千円ゲェェーート! サオリ、グッジョブ!」
 女子生徒に続いて現れた数名の男子は、カオルを見るなり大きく驚くと、悲しんだり喜んだりと思い思いの感情を全身で表した。
 男子生徒も女子生徒もみな、カオルの知った顔だった。男子は教室の後方にたむろしていた五人だ。当然鮫口と黒屋もいる。肩口まである茶髪の女子は、小学 生の時に鮫口たちと仲の良かった平前沙織だ。クラスは別だが同じ中学に来ていたようだ。黒屋や平前が楽しげに会話している後方で、鮫口一人は険しい顔でカ オルを見すえている。
 これは……どういうことなんだ?
 思いがけない事態に、頭の中が真っ白になってしまったカオルはゆっくりと考える。
 告白するはずの女の子が来ないで、こいつらがここに来るってことは、つまり──
「お前たちが書いたのか?」
 カオルはぼそりとつぶやいた。
 黒屋たちは会話を止めてカオルの方を見た。
 カオルは、今度ははっきりと言葉をつむぐ。
「あの手紙はお前たちが書いたのか?」
 問いかけるカオルに黒屋たちは答えず、小馬鹿にしたような顔をした。
「なんだこいつ? まだ理解してねーのか?」
「おい、黒屋。お前らがいじめ過ぎたせいで狂っちまったんじゃねーの?」
「はぁ? んなこと知るかよ。もとから狂ってんだろ。んなことより沙織、おれ、手紙の内容スゲー知りてーんだけど」
「あ、おれも知りてー」
「ああ、おれもおれも」
「オッケー、下書き持ってるから、ちょい待ってー」
 平前沙織はそう言って、かばんの中を探る と、中から一枚の便せんを取り出した。
 そして、両手で便せんを高々とかかげると、大きな声でゆっくりと朗読を始めた。
「谷風君、こんにちは。今、わたしはとても切ない気持ちで手紙を書いています。この気持ちは──」
 平前の声は、からっぽになっているカオルの頭を素通りする。カオルの思考が追いつかず、黒屋たちの会話も、平前の朗読も、日本語だと認識できるだけで内 容までは理解できない。
 それでもカオルは、頭の片すみではもう答えが出ている簡単な問いを、順を追ってゆっくり考える。
 今朝、おれは手紙をもらった。そのくれた相手との待ち合わせ場所に、鮫口や黒屋や平前が来た。おれがもらった手紙の内容とまったく同じ内容のものを平前 が持ってる。これは……つまり……
 ──あの手紙は鮫口たちの仕業だ──
 くつ箱で手紙を見つけた時の驚きや戸惑 い、ラブレターだとわかり、誰かがカオルを本当に好きだと知った時の震えるようなうれしさ、待ち合わせ場所に来る時の おさえきれない期待や不安。これら全てが虚構だったのだ。カオルを落とし入れてあざ笑うための、仕組まれたワナだったのだ。
 ことの真相を理解したカオルは、心の奥底のさらに深い部分から、何かが込み上げてくるのを感じた。にえたぎるように熱いその何かは、カオルの心をじりじ り と焼き焦がし、どす黒く染め上げる。そして、カオルの心を完全に焼き尽くしたそれは、体にまで燃え移り、全身をわなわなと震えさせる。
 カオルはそれが何か知っていた。過去に何度もカオルの心を焼き尽くそうとし、常に消し止められてきたが、今回ばかりは消し止められそうにない。そう、そ れの正体は怒りだ。激しい怒りだ。今まで感じたことがないほどの激しい怒りが、カオルの心だけではあき足らず、体までをも食らい尽くそうとしているのだ。

前のページへ 目次に戻る 次のページへ

トップへ目次へ>このページ

55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット