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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第一章 宿敵 8

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 その壮絶な光景に誰もが言葉を失った。鮫口さえも険しさの中に驚きをかくしきれずにいる。
 カオルはかたかたと震えながら、足もとに倒れている黒屋を見つめていた。
 ……倒した……のか? おれが、黒屋を? ……そうだ、やったんだ! おれが黒屋を殴り倒したんだ!
 ずっといじめられ、つらい思いをしてきたカオル。その境遇を跳ね退けるために、抵抗すると誓ったカオルの意志が、いじめっ子の一人を打ち倒したのだ。
 その事実をかみしめたカオルに興奮が巻き起こり、それはさらなる勇気を呼び起こす。
 男子はあと四人、絶対に戦い抜いてやる。相手に鮫口がいる以上、勝てないかもしれない。だけど、勝てなくてもかまわない。最後の最後まで抵抗してやる!
 カオルは鋭い視線を残りの男子に叩きつけた。
 視線に気づいた男子たちはにらみ返すものの、顔に表れた緊張には気おくれが見て取れる。
「どけ」
 だが、鮫口は違った。
 前にいる男子を筋肉質な腕で押し退け、ゆっくりと歩き出す。
 激しい怒りを顔にたたえ、一歩一歩近づいてくる鮫口の威圧感に、カオルの緊張は高まる。心臓の鼓動が速まり、背中を冷たい汗が流れる。
 鮫口はカオルの二メートルほど手前で立ち止まった。
 そして、けものがうなるような低い声で問う。
「覚悟はできてんだろうなぁ」
 かつてカオルが見たこともないほど怒っている。
 鮫口がなぜこんなに怒っているのか、カオルにはわかっていた。
 格下の者が格上の者に逆ってはいけないのが、子供社会の決まりだからだ。
 まして、六年間いじめられてきた最も格下のカオルが、六年間学年を牛耳ってきた最も格上の鮫口に逆らうことなど、絶対に許されないことであり、鮫口への 最大の侮辱なのだ。
 だが、その決まりに立ち向かう覚悟のカオルは、戦う姿勢でもって鮫口の問いに答えた。
 鮫口はその態度さえ侮辱と感じたのだろう、空気を振るわせるほどの怒鳴りを上げた。
「上等だああぁァ!」
 鮫口はカオルに突進した。
 大きく踏み込む姿勢から、なめらかに右の拳をひきつけると、カオルの顔面めがけて長身から拳を打ち下ろす。
 冷静に鮫口の動きを見ていたカオルは、鮫口の動作に合わせ体をかがめてやり過ごす。
「つうっ!」
 突然カオルの額に激痛が走った。
 鉄棒で殴られたような衝撃に視界がゆれてかすみ、骨を砕かれたような鋭い痛みに全身が硬直する。
 鮫口の怒りで加速された拳は、カオルの想像よりも早く額をとらえていたのだ。
 さらに、胸を突き上げるような衝撃とともに、押しつぶすような重い痛みが突き抜けた。
 間髪入れずに放たれた鮫口の拳によるものだ。
 たえ切れない圧力に横隔膜が緊急収縮し、ゲヒュウと息が吐き出されると、カオルの呼吸はそのまま停止した。
 そこへ──
 上半身を大きくひねって力をためた鮫口は、カオルのわき腹に全身の力を乗せた拳を打ち込んだ。
 鮫口の剛腕による怪力に、強じんな下半身によって生み出された回転力を加えた一撃は、カオルのあばらをへし折り、鈍い音を響かせた。
 カオルはびくんと小さく跳ね上がると、糸の切れた操り人形さながら、ひざから地面に崩れ落ちた。
 三発の打撃でカオルを完全に沈黙させた鮫口の強さに、見てる人はみな息を飲んだ。
 だが、鮫口はこの程度で納得などしなかった。
「立てよこらぁ!」
 言いながら、ひざを突いたカオルが頭と腹を抱えているのを蹴りつけた。
 蹴りの衝撃でびくりと反応したカオルだが、それ以上はまったく動けない。
「おら、どうしたあぁ!」
 鮫口はさらにカオルに蹴りを入れた。
 同じ場所を蹴られたカオルは、激痛のあまり、ひざ立ちでいることもできず、かめのように地面にうずくまった。
 そんなカオルを鮫口は拳でさらに殴りつける。何度も、何度も、何度も。
 それを見る鮫口の仲間たちは、先ほどは鮫口の強さに驚いてこそいたが、今はカオルがやられるのを楽しそうに見ている。生意気だったカオルが鮫口にやられ る のは、さも当然といったふうな表情だ。
 仲間たちが見守る前で鮫口は、とどめとばかりに拳を高く振り上げると、カオルの背中へ叩きつけた。
 背中への重い一撃に、カオルはまたしても横隔膜が収縮し呼吸が停止した。
 鮫口は、そのカオルの後ろえりをつかんで無理やり顔を上げさせ、低い声で言った。
「二度となめたまねすんじゃねぇぞ」
 その後、ゴミでも投げ捨てるようにカオルのえりを放し、仲間たちのもとへ戻っていった。

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