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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第一章 宿敵 11

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 ここはどこだ?
 カオルは、まどろみの中でかすかな意識を取り戻した。どこかで寝ているようだ。
 ……布団の上? いや、違う……知らないベッドだ。もしかして、病院?
 かすかにただよう薬品の香り。普段と違う背中の感触。
 なまりのように重たい体が、ずきずきと痛みを伝えてきた。
 ……そうだ、おれ、負けたんだ。……やり返そうとしても、何もできなくなったんだ。
 カオルは、鮫口のおどしに屈してしまった自分を思い出した。あまりのくやしさに体が震え出すと、同時に激痛が走った。
 全身のけだるさと激痛に、カオルは自分が死に直面していると思った。
 ……おれ、このまま死ぬんだな。……この世に未練なんてないから、死ぬのなんて怖くない。……だけど……だけど……ちくしょう! なんで鮫口に屈してし まったんだ! なんで最後の最後まで抵抗しなかったんだ! ちくしょう! もしやり直せるなら、今度は絶対にくじけたりしない。……でも、やり直すことな んてできないんだ。……ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!
 閉じたまぶたのすき間から、熱い涙が流れ出た。
 その後、カオルの意識は少しずつうすらいでいく。いじめられたつらい記憶と、立ち向かったが負けてしまったくやしい記憶。カオルは、不幸な思いだけに包 まれて、永遠かもしれない眠りに落ち始めた。
 扉の開くような音がかすかに聞こえた。
 カツカツと床を打つ音がし、何者かの気配が近づいてくる。その気配はカオルの横で止まると、カオルの手が優しく握られた。ほのかな暖かさが伝わってく る。
「カオル、────。こんな──思いを──────。────ゆるしてもらえ──────。どんなことがあっても強く生きて」
 温かみのある声は、深い悲しみを帯びていた。だが、もうろうとしているカオルは、その声をほとんど聞き取れなかった。
 カオルは首筋に刺すような冷たさを感じた。
 その痛みのような感覚を最後に、カオルの意識は無くなった。

 その後のことを、カオルはよく覚えていない。
 奇跡的に助かり、退院と同時に転校したこと。幼稚園時代にとても親しかった二人の友人、高嶺彩華た かみねあやか地藤正志ちとうまさしが 通う中学校が転校先だったこと。それ以外は 記憶にない。
 失意のどん底にいたため、ほとんど記憶に残っていないとカオルは思っている。
 昔とは別人のように暗くなってしまったカオルに、彩華と正志は非常に驚いたが、理由を聞くことは無く、かつて三人で遊んだ時のように自然に接した。
 もし理由を聞かれたとしても、カオルは絶対に話さなかっただろう。小学生時代にずっといじめられていたことと、いじめに屈してしまったことは、カオルに とって最大の屈辱であり、絶対に誰にも知られたくないことだからだ。まして、親しい人に知られることは、もう生きていけなくなるぐらいに恥ずかしいことな のだ。だからカオルは、いじめられたことを心の奥に封印し、誰にも話さずかくし通した。
 彩華と正志のおかげか、中学を卒業するころには、カオルはすっかり明るさを取り戻していた。
 だが、心の奥底に深く刻まれた傷は完全には治っていなかった。

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