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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第二章 悪夢 2

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 カオルが彩華に追いついたのは、彩華の家から百メートルほど行った先のバス停だった。
「バス行っちゃったじゃない!」
 彩華は、きれいな歯型の付いた食パンを手に、遠ざかるバスを見送りながら言った。
 カオルも彩華のとなりに立って、一緒にバスを見送りながら言う。
「ああ、行っちゃったな」
「カオルがもたもたしてるから……これで遅刻確定じゃない」
 未練がましくバスを見つめながら、彩華はかじりかけの食パンをもう一口かじった。
 カオルもつられて牛乳を飲み干したあと、彩華の暴言をさらりと流す。
「ああ、遅刻確定だな。明日はもっと早く起きような」
「なんか、わたしのせいみたいな口ぶりね」
「彩華のせいみたいじゃなく、彩華のせいなんだ」
 彩華が本気でカオルのせいにしているわけではなく、自分の責任だと自覚していることをカオルはよく心得ている。ただお互いに、たわいのない冗談を言い合 うのが二人の常なのだ。
 彩華はパンをさらにかじりながら言った。
「牛乳」
「ん、牛乳? ちゃんと飲んでやったぞ」
「はい?」
「ん?」
 会話が成立せずに、顔を見合わせる二人。状況がわからない彩華がこくりと首をかしげると、ポニーテールがちょこんとゆれた。
 カオルはとりあえず、飲み終えたパックを彩華に返した。すると彩華はパックを振って、空になっているのを確かめた。
「ちょっと! 何かってに飲んでんのよ!」
「え? 飲んでって、彩華が渡したんだろ?」
「飲んでなんて言ってないわよ! 持って、って言ったの!」
「うそつけぇ! んーしか言ってなかっただろ!」
 所せん友達同士。親子のような会話はできなかったようだ。
 泣きそうな顔になった彩華は、パックに刺さったストローをずずーと吸った。しかし、むなしい音が響くだけだ。
「本当に空っぽだ……」
「おう、ちゃんと飲んであげたからな」
「モモコちゃんの牛乳なのに……」
「は?」
 相変わらず成立しない会話。カオルは思ったままの疑問を口にした。
「モモコちゃんの牛乳って……友達の牛乳だったのか? それを飲んだら良くないだろ?」
「違うわよ! モモコちゃんってのは、美味しいお乳を出してくれる牛さん! この牛乳はモモコちゃんのお乳なの!」
 彩華はそう言って、黄門様の印ろうのごとく、牛乳パックをカオルに見せつけた。
 パックには、『モモコちゃんの美味しい牛乳』という文字とともに、赤いリボンを付けた牛の顔が可愛らしい絵で描いてある。
「モモコちゃんの牛乳、これが最後だったのに……」
「…………」
「期間限定だから、もう売ってないのに……」
「…………」
「牛乳無しの食パンって、味気ないなぁ……」
「わかったって! 昼飯おごるから機嫌直せって!」
 しょんぼりと落ち込んで食パンをかじる彩華を見かね、カオルは言った。やはり、美少女というのは得である。高嶺三姉妹で美少女など見慣れているはずのカ オルでさえ、この様だ。
「えっ? ほんと?」
「ああ、彩華が嫌でなければ」
「やった! じゃあ、お昼はファミレスのロイヤルコーストね!」
「えっ? マンモスバーガーじゃないの?」
「今日はそういう気分じゃないの。あっ! もちろんデザートもつけてね!」
 彩華は、最後の一口の食パンを口に放り込み、美の女神のような笑顔を見せた。
 カオルは深いため息を吐いた。だが、別段落ち込んでいるわけではない。昼飯をおごったり、おごられたりはよくあることで、事実、昨日は彩華におごっても らっている。
「わかった、デザートもつけるよ。だけど、一つ誓ってくれ。二度と食パンくわえて登校しないって」
「いいわよ。こんなお行儀悪いこと、二度としたくないし」
「は? そう思うなら始めからするなよ」
「一度やってみたかったのよ。食パンくわえて走って、美男子転校生とぶつかるってのを。でも、やっぱりダメだったわね」
 は? なんだそりゃ? まさか、そのためにわざと寝坊したのか? つーか、家からバス停までの百メートルたらずで、美男子転校生とぶつかる確率なんて絶 望的だろ。いいや、絶望的どころか、ゼロだと断言できる。今日は高校入学初日だから、転校生など絶対ありえない。
 カオルは深いため息を吐いた。先ほどのものとは違い、心から落ち込んでのものだった。

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