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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第二章 悪夢 3

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「正志は運がないわねぇ、一人だけ別のクラスなんて」
 彩華は一年三組の教室めざし、昇降口から廊下へ走りだしながら言った。
 逆に幸運だったのでは? と思いつつ追いかけるカオルへさらに続ける。
「それにしても、校門にいたおばさん教師、ほんとうるさかったわねぇ。ちょっと遅刻しただけでガミガミガミガミと。あのおばさんが担任じゃないことを心か ら願うわ。あんなのと毎日顔を──」
「くぅおらああぁぁ!」
 鼓膜が破れそうな大声で、背後から怒鳴りつけられたカオルと彩華は、のけ反るほどすくみ上がって急停止した。
 二人は心臓をバクバク言わせ、恐る恐る振り返った。
「廊下を走るなといつも言ってるだろう! しかも大声でおしゃべりしながら走るなど言語道断だ! いつまでも春休み気分でいるな!」
 激しい怒り顔で近づいてきたのは、ジャージ姿のたくましい、いわおのような男性教師だった。
 おこられ続きで、彩華が不機嫌オーラを出し始めたことなどお構いなしに、男性教師は続けた。
「それに遅刻じゃないか! まったく……ん? お前たち新入生だな。高校に入ったとたんに浮かれおって……クラスと名前を言え!」
 どう見ても許してもらえる状況ではない。そう思ったカオルは、観念して名前を名乗ろうとした。ところが、彩華が先に口を開いた。
「一年四組の山田花子と高橋太郎です!」
 驚いて彩華を見たカオルは、しかし、すぐに教師に向き直った。もう取り返しはつかないのだから、高橋太郎で通すしかない。一年四組に高橋太郎が実在しな いことを願うだけだ。
「一年四組の山田花子と高橋太郎だな。お前たちのことは覚えておくからな。今度見かけたらただじゃ済まさないぞ。わかったら早く行け!」
 カオルたちは、そそくさと教師の前を立ち去った。
 少し歩いたところで、不機嫌さが抜けない彩華は周囲を警戒しながら話しかけてきた。
「あの教師が大声で怒鳴ったから、まだ頭がキンキンするわ」
「そんなことより、教師に偽名なんか使いやがって……どうするつもりだよ」
「どうもしないわよ。あのての教師は脳みそまで筋肉だから、すぐ忘れるわよ」
 すぐ忘れるなら実名でも問題ないだろう……
 などとカオルが思っている間に一年三組の教室に着いた。
 教師の悪口を言ったためか、すっかり機嫌を直した彩華は、作ったような愛想を浮かべてゆっくりと引き戸を引いた。
「遅れてすみません」
 彩華が優雅に教室の中へ入って行くと、かすかなどよめきが起きた。
 美少女が同じクラスにいたと知ったんだ、当然の反応だな、と思いながらカオルも続く。
「すみません。遅れました」
 教室に再度かすかなどよめきが起きた。それを見てカオルはさらに思った。
 美少女に彼氏がいたと思ったんだろう、当然の反応だな。

「谷風君と高嶺さんって、どういう関係?」
「もしかして、付き合ってるの?」
「初日から一緒に遅刻って、いったい何してたの?」
 生徒の自己紹介と担任教師の話が終わって休み時間になったとたん、カオルと彩華は多くの女子生徒に囲まれて質問攻めを受けた。
 慣れないことで、カオルがしどろもどろする横で、彩華が誤解のないよう丁寧に答える。破天荒な行動ばかりする彩華だが、友達関係を築くのはとても上手 い。人に興味を持たれることに慣れているのだ。
 教室の一部の男子から冷ややかな視線を浴びているとはつゆ知らず、カオルの周囲で彩華と女子生徒たちが会話を盛り上げていると、集まっている女子の後ろ から、さわやかな男子の声が響いた。
「おはよう、ちゃんと来たみたいだね」
 振り向いた女子生徒の中には、思わず感嘆の声をもらしてしまった人もいた。
 声の主がカオルと彩華に片手を挙げてあいさつすると、カオルたちを取り巻いていた女子生徒たちが自然と道を開けた。
 彼女たちの視線を一身に浴びながら歩いて来るのは、背が少し高めの短髪美男子で、カオルと彩華の友達、地藤正志だ。
 服装と髪型の格好良さもふくめて人気を集める美男子は、クラスに一人ぐらいはいるものだ。だが、顔の造型を一切誤魔化せない短髪で、正志はそんな美男子 たちを圧倒する。その上、勉強、運動、性格の全てが満点の優等生だ。
「おはよう、正志。カオルのせいで遅刻したけど、ちゃんと来たわよ」
「あれはちゃんと来たうちに入るのか? つーか遅刻はおれのせいじゃないだろ」
「ははは、カオルと彩華は相変わらずだね」
 一通りの言葉を交わしたところで、まわりの女子生徒の興味津々な視線に気づいた彩華は、正志のことをみんなに紹介し始めた。
「えー彼は地藤正志。一年……」
「二組。一年二組の地藤正志です。よろしくね」
 親しみやすい、さわやかな声色の正志に、一人の女子が質問をした。
「はい! はい! はい! 地藤君と高嶺さんはどういう関係なの?」
 他の女子たちも同じ疑問を持っていたようで、うんうんうんと、しきりにうなずきながら、正志の次の言葉に注目している。
「うん、実はね、彩華はおれの──婚約者なんだ」
 衝撃の告白に一瞬静まり返ったあと、黄色い歓声が教室にわき起こった。
 突然上がった歓声に驚いた教室の男子たちが、いっせいにカオルたちに注目した。
 婚約のことを一切知らないカオルは、驚きのあまり完全に動きが止まったが、正志は構わず続けた。
「それでね、高校を卒業したら結婚するんだ」
 さらなる衝撃の告白に、歓声は悲鳴交じりの叫びに変わり、教室を乱れ飛んだ。
 女子生徒たちの声量はすさまじく、鼓膜を切り裂きそうな甲高い声に、男子はみな顔をしかめた。両手で耳をふさぐ人さえいる。
「婚約って、親が決めたの? 二人で決めたの?」
「高嶺さんは地藤君のことどう思ってるの?」
「結婚したあとは働くの? それとも大学に行くの?」
「高嶺さんはもしかしてお嬢様なの?」
「谷風君はそれでいいの?」
 好奇心に火の付いた女子生徒たちの勢いは恐ろしいほどで、まさに、獲物に食らい付くピラニアの群れのごとくだ。
 やっとのことで硬直が解けたカオルが、そのピラニアの群れをものともせずに正志に聞いた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! その話マジか? 初耳だぞ!」
「わたしも初耳なんだけど、ほんとなの?」
 なんと彩華本人も知らなかったようで、摩訶不思議まかふしぎと いった表情で正志を見ている。
 その場の全員が正志に注目した。すると、正志はにこやかな笑顔で答えた。
「ごめん、冗談なんだ」
 一瞬の沈黙のあとに、どっと大笑いが起こった。
 床に響くほどの笑い声の合唱。中には涙を流しそうなほどに笑っている人もいる。
 一見たちの悪いようにも思える冗談だが、正志が言うと場を和ませる最高の冗談となる。
「ごめん、ごめん、本当にごめん。悪気はなかったんだ。本当は幼稚園のころからの友達なんだ。カオルは小学校が違ったけど、中学ではまた三人一緒になって ね。それからは、こんな感じの冗談を言い合うぐらい親しいんだ」
「なんだー、そうなんだー。なんか楽しそうだね」
「で、ほんとのところは、どう思ってるの?」
「そうそう、ほんとにただの友達なの?」
 女子生徒たちはすっかりカオルたちと打ち解けて、思い思いの質問をしては会話に花が咲く。
 一方、たび重なる大さわぎに、男子の中にはうんざり顔の人もいた。

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