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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第二章 悪夢 4

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 午前中で学校が終わり、部活見学など一切興味のないカオルと彩華は、野球部の見学に行く正志と別れて学校を出て、なじみのファミリーレストラン、ロイヤ ルコーストに来ていた。お昼をご馳走ちそうす る約束を果たすためだ。
「カオル、後ろの宇宙人がうるさいんだけど。何とかならないの?」
「は? 宇宙人?」
 窓側の禁煙席にすわり、メニューを見ていた彩華は、窓から通りを見ているカオルに話しかけた。
 カオルが視線を彩華の背後に移すと、そこには奇抜な外見のカップルがすわっていた。男子はつめえり、女子はセーラー服をそれぞれ着崩しているので、カオ ルには高校生に見えるのだが、彩華には宇宙人に見えるようだ。いや、そもそも彩華は彼らを見たかどうか定かではない。
「──でさぁ、おれぇ、昨日パクッたムースあるじゃん、今日の髪型あれで決めたんだぜ。イケテンだろ?」
「ツヨシちょーイケテル! イカシてる!」
「だろー。あーなんかヤニ切れてきた。タバコ吸いてー」
「タバコ吸うの? あれぇー? この席、灰皿ないわぁ。サービス悪っ。あっ! 向こうの席にある! マサミが取ってきてあげる」
 不思議なことにカップルの話を聞いているうちに、カオルにもだんだんと宇宙人に見えてきた。
 不機嫌オーラを出し始めた彩華が、うらめしそうな目でカオルに言う。
「何とかしてよ」
「我慢してくれ」
 と、カオルは即答したものの、内心ではあまり我慢させたくない。不機嫌オーラを出している彩華はろくな事をしないからだ。
 カオルがどうすべきかと思案していると、幸いにも助け舟は通路からやってきた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
 中学生のような愛らしい声で注文を聞いてきたのは、外見もこれまた中学生ぐらいのウエイトレスの女の子だった。
 黒のワンピースのスカートに、フリル付きの白い前かけを合わせたエプロンドレスを着ており、その左胸に名札がちょこんと付いている。つやのあるまっすぐ な 黒髪のショートカットが、可愛い顔立ちによく似合っている。
 そのウエイトレスはまだ仕事に不慣れなのか、おぼつかない手つきで、水の入ったグラスをテーブルに置いた。
「えーと、わたしはドリンクバーと、それからハンバーグにしようかしら。それじゃあデミグラスソースハンバーグのライスとスープのセット。あっ、サラダも つけよう。えーと、サラダのページは……」
 と言って、彩華がサラダを選び始めたところで、背後から話し声が届いた。
「おいマサミ、知ってっか? ファミレスのハンバーグって、病気の牛の肉使ってんだぜ」
「知ってる! 知ってる! 確か……きょう……きょう……狂犬病!」
「アタリ! マサミ頭いーじゃん!」
「でしょ! マサミはやればできる子だってば」
 宇宙人から送られてきた電波で不機嫌さを強めた彩華は、同じ電波の影響で血の気が引いてしまったウエイトレスに、不機嫌さを精一杯おさえながら言った。
「サラダは、野菜たっぷりのトマトサラダを。それからデザートは……」
 彩華がデザートを選び始めたところで、またしても背後から話し声が届いた。
「おいマサミ、知ってっか? ファミレスのサラダって、毒野菜使ってんだぜ」
「知ってる! 知ってる! どっかの国から来るんだよね。えーと……どこの国だっけ?」
「知らね」
 次々に送られてくる電波に、ついに彩華はパタリとメニューを閉じた。
「デザートはいりません!」
 かわいそうなウエイトレスは、完全に血の気が引いて真っ青な顔をすると、大好きなデザートを拒否した彩華から、カオルの方へ顔を向けた。
「そ、そちらのお客様、ご、ご注文は、何に致しますか?」
 カオルは牛肉も野菜も国産であることを確認してから言った。
「彼女と同じで」
「ちょっと! 真似しないでよ!」
「いーだろそのぐらい」
「よくないわよ! 楽しみが減るでしょ、盗み食いの!」
 やはり彩華を不機嫌にさせてはいけない。カオルがそう思っているうちに、かわいそうなウエイトレスはそそくさと行ってしまった。

「ドリンクはあちらでご自由にお取り下さい」
 先ほどのウエイトレスが空のグラスを二つ運んできた時も、彩華の機嫌は直ってなかった。電波を受信し続けていたのだから当然だ。
 そんな彩華はウエイトレスがいなくなってから口を開いた。
「水は要らなくなったわね。頭にかけてやってもいいかしら?」
 彩華がちらりと後ろを見た。本気でないことをカオルはわかっているが、それでも気になる。
「彩華の飲み物もおれが取ってくるから、何もしないで静かにすわっていてくれ」
「あら、気が利くじゃない。それじゃあ……牛乳をお願い」
「ねーよ。つーか、頼むからその話は忘れてくれ」
「ふふふ、じゃあ何でもいいわ」
 気づかいが効いたのか、少し機嫌の戻った彩華を残し、カオルは飲み物を取りに行く。
 何かふに落ちないよなぁ。牛乳のことも、宇宙人のことも、おれが悪いわけじゃ無いのに、おればかり気をつかわされているような……
 などと考えながら歩いていたカオルの目に、「黒酢始めました」と書かれたはり紙が映った。
 なんと、ドリンクバーにあるディスペンサーの一台は黒酢を扱っているようだ。
 カオルはグラスに氷を入れると、迷うこと無く黒酢をそそぎ始めた。
 ドッキリにはちょうどいい。おれの分をアイスティーにしておけば不自然さがないし、彩華がどうしても飲めなかったときは、おれのと交換するだけで済む。
 などと考えたカオルは、何くわぬ顔でテーブルの方へ戻った。
 黒酢がアイスティーより少し黒めのことと、彩華が黒酢好きかもしれないという気がかりを振り払いながら、カオルは黒酢の入ったグラスを彩華の前に置い た。
「アイスティー」
 おれのはな、と心の中で付け足しながら席に着いたカオルに、さっきとは打って変わって機嫌を良くした彩華は丁寧にお礼を言う。
「ありがとう、ちょうどそういう気分だったの。さあ、早く食べましょう」
 すでに料理は運ばれていて、美味しそうにゆげがのぼっている。
 彩華が不機嫌だった原因には、空腹ってのもあったのだろうか。
「カオル、どうしたの? さあ、早く食べましょう」
「あ、ああ……」
 カオルが食べるのを、ニコニコとうれしそうな顔で待っている彩華を見て、心がチクリと痛んだカオルだが、平静を装ってナイフとフォークを手に取ると、ハ ンバーグを刻み始めた。それから、赤いソースがたっぷり付いた一口大のハンバーグを口に運ぶ。
「どうした? 彩華は食べないのか──ん? んん! んんん!」
 突然口内をおそった激痛に、全身が硬直したカオルはうめき声をもらした。
 舌に焼けたくぎを突き刺されるような激痛 に、全身の毛穴から一気に汗が吹き出る。
 カオルは、取り落としそうになるナイフとフォークをテーブルの上に乱暴に置いて、口もとに両手を当てた。
 な、なんだこの痛みは……ま、まさか……毒?
 彩華の後ろのカップルがしていた話が、カオルの脳裏をよぎる。
 体に緊張が走ったカオルは、激痛をこらえながら彩華の背後を見た。
 すると、その視界に入っている彩華は、異常事態にも関わらず、なぜか落ち着き払った冷静な笑いを浮かべている。
 額から汗を流しているカオルが事態を飲み込めずにいる前で、彩華はテーブルのはしへゆっくりと手を伸ばすと、何かの容器を手にとって、カオルに見えるよ うに軽く振って見せた。
 ──タバスコだった。
 カオルは素早く視線を走らせ、自分と彩華のハンバーグを確認した。彩華のハンバーグには適量の茶色いソースがかかっているのに対し、カオルのハンバーグ には赤いソースが不自然なぐらい大量にかかっている。
 カオルは彩華の持っているタバスコをもう一度見た。容器は完全にカラになっている。
 全部入れたのか! 彩華は加減てものを知らないのか!
 恐らく、茶色のソースを完全にかくすために、全てのタバスコを使ったのだろう。
 彩華はタバスコをテーブルのはしに戻すと、グラスに手を伸ばしながら言った。
「ふふふふふ、ひっかかったわね、カオル! あんたはね、注意力が足らないのよ! だがら痛いめにあうの──ん! ゲホッ……グホッ……ゲホッゲホッ…… ゲホッゲホッゲホッ……グホッ」
 カオル同様に注意力が足らなかった彩華は、見事に黒酢でむせ返った。
 しかけたドッキリが見事に決まったものの、楽しむどころではないカオルは、口の中の物を出すなんてしたくないため、意を決して飲み込んだ。
 だが、あまりのからさで上手く飲み込めず、一部が気管に入ると、のどを襲う強烈な刺激にたまらずせきが込み上げる。
 ほとんど手付かずの料理を前に、二人仲良くせき込むカオルと彩華。
 気管にタバスコを入れてしまったカオル同様、彩華も気管に黒酢を入れてしまったのか、二人のせきはいっこうに止まる気配がない。
 そこへ、先ほどのウエイトレスの女の子が、別のテーブルへ運ぶ料理を持って通りかかった。
「ど、どうしましたか? だ、大丈夫ですか?」
 心根の優しい女の子なのだろう。異常な事態にかなりあせりながらも、とても心配そうにカオルたちに声をかけた。
 カオルは、「どうもしません、大丈夫です」と返そうと精一杯の言葉を発する。
「ど、グホッ……ゲホッ……ど、ど、グホッ……ゲホッゲホッ……」
「えっ……ど、ぐ? どぐって……、まさか、毒ですか! もしかして、料理に何か入ってたんですか? た、大変! て、店長に知らせてきます!」
 宇宙人の電波による刷り込みがあったのか、ウエイトレスはあらぬ勘違いをして走り出す。
 が、相当あわてていたのだろう、足をもつれさせてよろめいた拍子に、運んでいた料理をお盆ごと宙に放り投げてしまった。
 彩華の後方へ、きれいな曲線を描いて宙を舞うお皿とグラスとお盆。その迫り来る物体を間抜け顔で見ている宇宙人男。すると次の瞬間、その男のイケテル頭 に、皿から飛び出た海草サラダがベチャリとぶつかった。
 ワカメとヒジキのかざり付けで、さらにイケテしまった男の頭に、グラスから飛び出た水が遅れてかかり、水もしたたるようになる。
 同時に、よろめいたウエイトレスが派手に顔から転んで動かなくなると、それに目をうばわれていた宇宙人女は、さらにイケテしまった相棒の、宇宙レベルな 格好良さには気づかずに大声を上げた。
「ど、ど、毒野菜! 毒野菜で人が倒れた!」
 毒野菜でなぜウエイトレスが倒れるのか? とは考えもしなかったようで、宇宙人女は立ち上がって両手でメガホンを作ると、昼飯時で満席の店内へ向かっ て、 「毒野菜で人が倒れた!」と連呼し始めた。
 ファミリーレストラン、ロイヤルコーストは騒然とした空気につつまれた。
 事態の思いがけない急展開に、あせったのはカオルと彩華である。
 さっきまでどうにも止まらなかったせきを、根性でおさえ込んで急いで食事を済ませると、かわいそうなウエイトレスに心の中で深く謝りつつ店を出た。

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