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暗闇のカオルと
閉ざされた記憶
第二章 悪夢 5
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ファミリーレストランを出たカオルと彩華は、近くで見つけた喫茶店『夕焼け堂』に立ち寄った。昼食の一件で微妙に落ち込んでいたカオル
を、彩華が喫茶店に誘ったのだ。その店の中で彩華は、さりげなく明るい話題を振ってカオルを楽しませたあと、レジの前で言った。
「ここはわたしがおごってあげる、感謝しなさい」
ポニーテールをふわりとゆらして振り向いた彩華は、優しい笑顔を浮かべてカオルにウインクした。
そんな彩華にカオルは深くお辞儀をした。
「感謝します」
春の陽光が優しく降りそそぐおしゃれな店内で、冷たいデザートと暖かい気持ちを彩華からごちそうになり、すっかり元気を取り戻したカオルは喫茶店の扉を
開ける。
ベルが、ちゃりりりりん、と鳴り、すずしい風が店内に吹き込む。
二人はそれを心地良く感じながら、喫茶店を出て歩きだした。
「なかなかいい喫茶店だったわね」
「ああ、アイスも美味しかったし、なにより雰囲気が良かった」
「決まり! あそこを新しい秘密基地にしましょう」
「異議なし! ロイヤルコーストは敵襲で炎上しちゃって、もう使えないからな」
「正志隊員もいれば勝てたかしら?」
「無理だな。いくらスーパーマンな正志でも、相手が宇宙人じゃあな」
二人の軽快な笑いがこだました。
そんなこんなでいつも通りの軽い会話を交わしながら、日がかたむき始めた商店街通りを通過したところで、道の横に児童公園が見えてきた。小学生ぐらいの
子供たちがすべり台やシーソーで仲良く遊んでいるが、その横で中学生ぐらいの女の子が一人、ブランコにすわってさびしそうにうなだれている。
ん? あの女の子は……
その女の子のことがふと気になったカオルは、足を止めてじっと見つめた。
彩華もカオルにつられて足を止めると、カオルとその女の子を交互に見てから言った。
「襲うの? 手伝おうか?」
「お、襲わねーよ!」
思わず声を荒げてしまったカオルへ、公園にいる子供たちみんなが注目した。
「冗談に決まってるでしょ! 急に大声出さないでよ!」
「…………」
カオルは抗議する彩華を無視し、こちらへ振り向いたその女の子の顔をさらによく見た。
「ちょっとカオル、ほんとにどうしちゃったの? まさか……恋?」
「違う、彩華もよく見ろ」
彩華は、顔を赤らめる仕草までしてみせたたが、カオルにうながされると、もう一度その女の子をじっと見つめた。
「ロイヤルコーストのウエイトレス!」
彩華が手を打って答えた時には、相手もカオルたちのことがわかったようで、ブランコから立ち上がり、頭をペコリと下げてあいさつをしてきた。
そんな姿を見て、心がチクリと痛んだカオルは言った。
「昼のこと謝ろうぜ」
「カオルらしいわね。まあ、わたしも謝った方がスッキリするかな」
意見の一致した二人は、ウエイトレスの女の子のところへ向かう。
白のブラウスと茶色のスカートは店にいた時と違うが、つやのあるまっすぐな黒髪のショートカットは、正にあの時のウエイトレスだった。
清らかな印象を与える顔立ちや服装に、黒いハイソックスと黒いくつがよく映えている。
カオルがその女の子の前まで行って、そして謝ろうとした時、しかし、先に謝りだしたのは相手だった。
「お店ではすみませんでした。わたしのせいで嫌な思いをさせてしまって」
女の子が頭を深々と下げると、黒髪がさらりと流れた。
中学生ぐらいの相手に丁寧に謝られてしまったカオルは、たじたじとなりながらも切り出した。
「……あ、いや、そのことなんだけど、実は──」
カオルは昼の事件の真相を話したあと、頭を下げて謝った。
「──というわけなんだ。本当にごめん」
「わたしも悪ふざけが過ぎたと思う、ごめんなさい」
彩華がスカートの前に両手をそえて頭を下げると、黒髪のポニーテールがちょこんと跳ねた。
女の子は少し驚いた表情で、両手を口もとに当てて言った。
「……もしかして、それを言うためにわざわざ探してくれたんですか?」
「そうじゃないけど、おれ、少し気になってて。それで偶然君を見かけたから」
「そうだったんですか。でも気にしないで下さい。お二人が悪いわけではなく、そそっかしいわたしが悪いんです。わたしの方こそ本当にすみませんでし
た。…………ですが、タバスコに黒酢ですか……」
女の子はそこまで言ったところで、うつむいて小さく震え出した。
どうしたの? と彩華が女の子の背中に手をそえた。しかし、どうやら笑っているようだ。
「……すみません。おかしくって、つい。ですが、お二人はすごく仲が良いんですね」
「カ、カオルはそんなんじゃないの。ただの幼なじみのくされ縁……というより下僕よ!」
「おい!」
女の子は、手を口もとにそえてくすくすと笑ってから言った。
「本当に仲が良いんですね。わたしは友達がいないから、すごくうらやましいです」
「だったら、わたしと友達になりましょう! 今なら下僕も付いてくるわよ!」
「おい!」
カオルと彩華のやりとりに、またしても女の子はくすくすと笑い出した。
「じゃあ、改めて、わたしは高嶺彩華。こっちの下僕は谷風香。よろしくね」
もうつっこむのが面倒になったカオルは、彩華を無視して、よろしく、とほほ笑んだ。
「高嶺彩華さんに、谷風香君ですね」
「彩華さんとカオル君で良いわよ」
「でしたら、彩華さんとカオル君、わたしは──」
「月島奈々美ちゃんだっけ?」
カオルがいきなり名前を言い当てると、彩華とその女の子は目を丸くして驚いた。
「……なんでわたしの名前を?」
「気をつけて。カオルの趣味はストーキングだから」
「ス、ストーカーさんなんですか?」
「そうよ。ねらった獲物は逃さないんだから」
「うそ言うな。つーか、初対面の相手に変な誤解を招く冗談はやめろ」
「じゃあ、なんでこの子の名前を知ってたのよ?」
「奈々美ちゃんがロイヤルコーストの制服着てた時、胸の名札に書いてあった」
「……つまり、胸を見てたってこと?」
「違う! 胸の名札を見ただけだ!」
外見とはつり合わない大きい胸を両手でかくしていたその女の子──月島奈々美は、しかし、安心したようで、両手を下ろしほっと息を吐いて言った。
「そうだったんですか。カオル君に先に言われてしまいましたが、わたしは月島奈々美です」
「月島奈々美ちゃんね。これからは奈々美ちゃんって呼ばせてもらうわ。でも、奈々美ちゃんはえらいわね。丁寧な言葉が使えて。それに、アルバイトもしてる
しね」
彩華にほめられて照れたのか、奈々美は恥ずかしそうに顔を赤らめて言った。
「当たり前のことです、大学生ですから……」
目を丸くして驚いたカオルと彩華は、その状態で固まった。
奈々美を中学生だと思っていた二人は、硬直が解けるまで結構な時間がかかったが、その後、何食わぬ顔で楽しく会話した。
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