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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第三章 対立 1

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「カオル、どんな感じ?」
「ほらよ」
 前の席にすわる彩華が後ろを振り向いてきたので、カオルはプリントを彩華の目の前へ差し出して視界をふさぐと、あるものをさりげなく机の中にかくした。
 入学してから数日がたった日の自習となった数学の時間。
 少しずつ高校生活に慣れてきたころの自習とあって、彩華だけでなく多くの生徒が前や後ろの人と会話しながら課題をやっている。
「どれどれ……えっ! 何! もう全部できちゃったの!」
「まあな、本気を出せばこんなもんだよ」
「ほんとに? ……でも、確かにできてるわね。これ、簡単な問題じゃないわよ。それに、授業でやってないところまで出てるのに」
 カオルの解いたプリントの問題を見ていた彩華は、視線をカオルの顔へ向けると、目をじっと見つめだした。
「な、何だよ?」
「……カオル、何かかくし事してない? ……なんか持ってるでしょ? ……わかった! 机の中ね!」
 すさまじい直感を発揮した彩華は、カオルの机の中へ素早く手を伸ばそうとした。
 が、彩華よりも素早く動いたカオルが机に体をおおいかぶせて死守すると、彩華は魔の手の軌道を突然カオルのわき腹へ変更し、容赦なくくすぐりだした。
「かくしたって無駄よ! ほら、出しなさい、早く、ほら、さあ」
「くっ、よせ、やめろ、はは、わかった、わかった、出す、出すから、やめてくれ!」
 彩華がくすぐるのをやめると、涙目になっていたカオルは身を起こした。
「チクショウ、なんでわかったんだよ」
「カオルのやることなんて全てお見通しなのよ。初めから大人しく出しなさい」
 カオルは、先ほど机の中にかくしたあるものを、しぶしぶ彩華様に差し出した。
「あれ? これって、正志の数学のノートじゃない」
「その通り。昨日借りて、今写してたとこだったんだよ。今日中に返す予定なんで」
「正志のノートを見るなんて、まったくとんだズルね! ……で、どれどれ……ふんふん、この形の二次方程式は平方完成させてからグラフを書くと……この項 がY軸方向の平行移動で、こっちが──」
 彩華はノートに目を通し始めた。そしてしばらくの間へー、ほーと感心してから言った。
「さすが正志ね、教師の授業よりわかりやすいわ。しかも、しっかり予習もしてあるし」
「予習はしてないって言ってた。授業中の余った時間に、一人で先に進むんだってさ。って、それを予習って言うのか?」
「世間的には言わないんじゃないの? それにしても、事前の予習無しに授業を理解した上、時間が余って先に進む。さらにノートはこんなにわかりやすいっ て……さすが正志ね」
 正志の話題が出てから、周囲の女子生徒たちはずっと聞き耳を立て続けていた。その中の一人、自称情報通こと西沼智代がカオルのとなりの席から椅 子いすをスライドさせてきた。黒板に「席移動禁止」と書かれた情報 は知っているのだろうか。
「ねえねえ、地藤ちとう君のノートってそんな にすごいの?」
「すごいわよ。西沼さんも見る?」
 彩華がノートを差し出すと、西沼は深く下げた頭の上でうやうやしく受け取った。
「わーきれいな字! すごく見やすい! 地藤君て勉強できるんだ」
「正志は勉強だけじゃないわよ。中学の時は野球部のエースピッチャーで、全国大会でも大活躍したのよ」
「へぇー、地藤君って何でもできるんだ」
「それでも無理して努力してるわけじゃないのよねぇ、正志は」
「ああ、塾に行ってるわけでも、家で勉強してるわけでもなかったな。つーか部活の時以外は、おれたちに付き合ってたからなあ」
「すごいなあ。わたしなんか、塾で猛勉強してやっと進学校に入れたのに。……実は地藤君って、強化人間だったりしてね」
 カオルと彩華は聞き慣れない言葉に会話が止まった。
「あれ? 強化人間の話、知らない? 男子がよく話してるやつ」
 彩華はカオルの顔を見た。しかし、カオルが会話をするのは彩華と正志か、この二人に興味を持って話しかけてくる女子だけだ。カオルはそんな話を知らず、 首を横に振った。
「谷風君も知らないんだ。実はわたしも、くわしいことは知らないんだけど、なんか、人体改造を受けて超能力を身に付けた人のことを強化人間って言うみた い。それで、その強化人間が普通の人になりすまして、日本で普通に生活してるんだって」
「男子はそういう話ほんとに好きよねぇ、テレポートとかサイコキネシスとか。まあ、わたしも好きだけどさ」
「あっ、そういう瞬間移動したりとか、手から光線出したりとかの超能力とはちょっと違うみたい。なんて言うか、普通の人とは比べものにならないぐらい頭が 良かったり、運動ができたりするみたいな感じかなぁ」
「そう言われると、少しだけ真実味があるわねぇ。正志はその通りの人間だし」
「なんか、強化人間を探してるインターネットのサイトがあって、情報提供を求めてるんだって。地藤君のこと知らせたら懸賞もらえたりして。でも、そんなこ としたら迷惑かかっちゃうよね」
「懸賞?」
 彩華の目が鋭く光った。彩華は賞金かせぎとか、宝探しとかが大好きなのだ。
「うん。うちの学校の生徒で、そのサイトにメールで情報を送った人がいるんだって。そうしたら、返信メールにマンモスバーガーのクーポン券が付いてきたん だって。それで、そのクーポン券をプリントアウトしてお店に持っていったらほんとに使えたって」
「ほんとに?」
「うん。親しい友達に聞いた話だから間違いないよ」
「実際に懸賞もらってる人がいるなんてすごいわね。でも、賞金とかだったらもっといいんだけど」
「有力情報には賞金も出るって聞いたよ。確か……百万円だったかな」
「ひゃっ、百万円?」
 彩華が目を見開いた。
「うん。確かそう」
「百万円って……すごい金額ね。でも、正志は強化人間とかじゃないからなぁ。幼稚園のころから一緒に遊んでたからよく知ってる。そうよねカオル」
「ああ」
 とカオルは言ったものの少し気になった。
 おれは小学校は一緒じゃないから、そのころのことはわからない。それに、もし正志がおれや彩華と知り合う前に強化人間とやらになってたら、もし生まれつ いての強化人間だったとしたら、正志が強化人間ってこともありえる。まあ、そもそも、強化人間なんてのは、ただのうわさや都市伝説の類だろう。真剣に考え る ことじゃなく、空想して楽しむものなんだろう。

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