トップへ目 次へ>このページ

暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第三章 対立 2

前のページへ 目次に戻る 次のページへ


「地藤君と幼稚園のころから親しいなんて、うらやましいなぁ。ねえねえ、小さいころはどんなだったの?」
 自称情報通の西沼智代は、今が自習時間であることや、課題のプリントがあることなどすっかり忘れて情報収集を開始した。しかし、それはまわりの女子に とっても興味ある情報なのだろう、あからさまに手が止まっている人も多い。
「正志もカオルもわたしの子分だったの。まあ、カオルは今でもわたしの子分だけど。なんていうか、正志は参謀で、カオルは召使いみたいな感じ。それで、近 くのやたら広い公園でよく遊んだわね。キャッチボールとか、鬼ごっことか、ターザンごっことか色々」
「ターザンごっこ?」
 西沼智代が首をかしげた。
「そう、ターザンごっこ。木の枝にひっかけたロープにつかまって、あーああーーって言いながら空中移動するの。慣れてきたら枝から枝へ飛び移ったりとかも したわね。そうそう、それでね、カオルったら初めは怖がってて一番下手だったのに、いつのまにか一番上手くなってたの。なんでだと思う?」
「うーん、何でかなぁ? かくれて特訓してたとか?」
「当たり! 暗くなって別れたあと、こっそりカオルのあとを付けていったらね、家に帰るふりして公園で練習してたの。暗い中、一人でずーっと」
「なんだよ、知ってたのかよ」
「知ってたわよ。それに、カオルがこっそり練習してたのは、ターザンごっこだけじゃないじゃない。いっつも正志と張り合って、負けるとその場では平気な顔 してるんだけど、かげでこっそり努力して、いつのまにか負けないぐらいに上達してるの。……なつかしいわねぇ、迷いの森緑道公園」
「迷いの森じゃない、マキオイの森だ。薪を背負う森って意味な。つーか、迷いの森って……そんな物騒なところで子供遊ばせる親はいないだろ……いや、幸子 さんならあるいわ……」
 子分説や召使い説をうっかり否定し忘れたカオルへ、西沼が聞いた。
「薪負い公園なら知ってる。薪負い神社がある公園だよね? 養護の藤宮先生が公園のとなりの大きな洋館に住んでて、毎日薪負い公園でジョギングしてるん だって」
「養護のなんとか先生は知らんが、神社は知ってる。君の言ってるところで間違い無いな」
「あれ、谷風君は養護の藤宮先生知らないの? すごい美人でグラマーで、男子に大人気の先生なんだよ。高嶺た かみねさんは知ってるよね?」
「もちろん知ってるわよ。すごい胸の大きな先生。カオルも一度見たら覚えるわよ。なんたってカオルは、胸を見て女性を覚えるから」
「うそ言うな。誤解されるだろ」
「うそじゃないわよ。奈々美ちゃんの時もそうだったじゃない」
「ち、違う! あれは胸を見たんじゃない! 胸に付いてた名札を見たんだ!」
「谷風うるせーよ!」
 男子のきつい注意が背後から発せられた。
 思わず大きな声を出してしまったカオルは、後ろへ振り返って注意した人に謝る。
「う、すまん……」
「すまんじゃすまねーよ!」
 二つほどななめ後ろの席でカオルを注意したその男子は、耳が半ばかくれる長さの髪を、険しい表情でいら立たしくかきあげた。
「いつも谷風はさわぎ過ぎなんだよ! ちっとは、まわりのめーわく考えろよ!」
 いつも大さわぎしているのは自分ではなく、彩華や正志の話を聞きにくる女子だと思いながらも、自分も当事者であるし、何より今さっき大きな声を出した負 い目のあるカオルは申し訳なさそうに頭をさげた。
「ほんとにすまん……」
「ちっ、何がすまんだよ。どうせ、またすぐさわぐんだろ。そもそもとなりのクラスのやつを来さ──」
「謝ってるんだからもういいじゃない」
 カオルをかばったのは、彩華でも西沼でもない女子だった。カオルはその子と話をしたことはあるが、まだ名前を覚えてはいない。
「確かに谷風君は少し大きな声出したけど、話してたのは谷風君たちだけじゃないんだし」
「そうだよ、矢岡君たちだって、さっきまで大きな声出してたじゃん、えらそうに谷風君のこと注意できないでしょ」
「谷風君にそんなに言うなら、矢岡君だってさわいでたこと謝ってよ」
 複数の女子に非難されたその男子は、ちっと舌打ちをすると、視線をカオルから自分の机の上に戻して、近くの三人の男子と一緒にプリントの問題を再開し た。
 しょんぼりと大人しくなってしまったカオルとは違い、彩華は今のさわぎなど何とも思ってないのか、小声で話しだした。
「何あの沸点の低い男、四十度ぐらいで沸とうしたんじゃないの?」
「矢岡啓太君。わたし同じ中学だった。勉強も運動もできるし、顔もちょっとかっこいいから女子にすごく人気あったんだけど、わたしはあんまり好きじゃない かな。すぐ人のこと悪く言うんだよね。なんて言うのかなぁ、自分以外の人が目立つのが許せない性格っていうのかなぁ。陰険だってうわさもあったなぁ……谷 風君、気をつけてね」
 カオルは静かにうなずいた。
 彩華は時計を確認してから言った。
「あまり時間がないわねぇ、カオル、さっきの見せて」
 カオルは、彩華と西沼に机を占領されたために、写すのをあきらめて机にしまっていた正志のノートを出して、彩華に渡した。
「違うわよ、あんたのプリントよ」
 同じ理由でしまっていたプリントを渡すと、彩華は後ろを向いたままカオルの机でプリントを写し始め、西沼もそれをちゃっかり写し始めた。

前のページへ 目次に戻る 次のページへ

トップへ目次へ>このページ

55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット