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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第三章 対立 4

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 無言で立ち続けるカオルを、矢岡は冷たい視線で見ていた。
 しかし、終にしびれを切らしたのか、岸里の首に回していた手を解き、カオルの肩へと伸ばす。
「ほら、突っ立ってないでさっさと謝っ──」
「さわるな!」
 カオルは鋭く叫ぶとともに腕を振り払った。
 その手が矢岡の手を弾き、同時に顔を打ちつけた。
 叫び声に打たれた三人の男子がニヤケ顔を厳しくする前で、無表情となった矢岡が弾かれた手で顔をさすった。
「てめぇ、よくも顔を……」
 相当頭にきたのか、矢岡の無表情であった顔が険しくゆがむと、少しずつ赤みを帯びていき、そして一気に爆発した。
「っざけんなァ! こらあァ! もう許さねぇ! 土下座してもぜってぇー許さねぇ! ヤス、ジュン、ヤナギ、やっちまうぞ!──岸里! てめぇーもやるん だよ!」
 矢岡の狂ったような怒鳴り声で、体育館裏の空気は瞬時に張りつめた。
 カオルは、追いつめられたけもののような表情となり素早く身構えると、五人の男子が取り囲むように動き出す。
 対してカオルは、体育館の側壁に背をあずけるように後退し、いきなり突進した。
 一番左の男子に向かったカオルは、驚いて身構える岸里の前を砂利を立 てて通過すると、突進の勢いを殺さずにこ ぶしを放った。
 カオルが先にしかけるとは思われてなかったのか、かすかな風切り音を立てる拳は、その男子が驚きを浮かべた瞬間の顔面を撃ち抜いた。
 その一撃で鼻血をふき出しながら顔を背けたので、すかさずカオルはがら空きとなった横っ腹にひざを打ち込んだ。すると、その男子は鼻と腹をおさえながら 後方へ逃げていく。
 だが、カオルの突進に驚いていた矢岡が、いち早く立くカオルの背後に走りだしており、二人の男子も遅れて続いている。その矢岡は走り込みながら拳を引き つけ殴りかかる。
「うぐぅっ!」
 カオルの背中に鈍い痛みと衝撃が走った。
 苦鳴をもらしながら振り向いたカオルは、顔面に迫り来る拳に息を飲む。
 が、直後、一気に集中力を高めたカオルは、拳の軌道を冷静に読み取ると、身を沈めてやり過ごしざま、拳を振り切った矢岡の無防備な腹に、体重を乗せた拳 を打ち込んだ。
 その一撃で、ごふっと息を吐いて矢岡が体をくの字に曲げたので、カオルはその横を位置を考えて移動し、駆け寄る二人の男子の方へ、矢岡の腰を思い切り蹴 りつけて吹っ飛ばす。
 すると、つんのめった矢岡は二人の男子と激突し、一人ともつれ合って地面に転がった。転倒をまぬがれた男子の方も、体勢を立て直そうとしたところを、 突っ込んで来たカオルに勢いよく腹を蹴られ地面に転がった。
 カオルは素早く岸里を見た。
 緊張した顔の岸里は、始めの位置から一歩も動けずかすかに震えていた。
 ……岸里に悪意はなかった。ただおどされていただけだ。
 カオルがそう思った時、岸里の視線がカオルの背後に移動した。
 反射的に振り返ったカオルは、鼻血で口もとを真っ赤に染めた男子が、拳を大きく振り抜こうとしているのを視界に収めた。集中力が高まっている状態のカオ ルには、その拳はスローモーション再生のように見える。瞬時にカオルは相手の顔面めがけ拳を放つ。
 ──バカな!
 稲妻の直撃のような驚きがカオルを突き抜けた。
 心臓が飛び上がったかのごとく強く鳴り、全身から汗が吹き出す。
 なんと、カオルが殴ろうとしているその横顔は、鼻血まみれの口を半開きにし、白目をむいた鮫口の横顔だった。
 なんでここに!
 と思った瞬間、強烈な衝撃が鈍痛とともに頭を突き抜け、視界に映っている赤い顔が激しくぶれる。
 直後、背中に重い物体がぶち当たった。
 息が止まり、またしてもぶれまくった視界が黒い雲を映して消失した瞬間、地面が抜けたような無重力感で内臓が浮き上がる。
 その後に訪れた、全身への強烈な衝撃。
 わずかな苦鳴と一緒に大量の息を吐き出した。
「よし! おさえろ!」
 その言葉に、カオルはさらなる危険を感じ、痛む体を何とか動かしかける。だが。
「ぐぅはぁっ」
 腹に加わった押しつぶすような重圧で、カオルはまたしても大量の息を吐き出す。
「オラァアア! 取ったぁァァ!」
 だんだんと戻り始めたカオルの視界に、目の前で大声を発っしている男子がぼんやりと映った。その男子はカオルの腹にくっついている。
 横を向くと土のにおいが鼻を突き、土と砂利の地面が見えた。
 地面にあお向けに転がったカオルは、男子に腹を馬乗りにされ動けなくなっていた。
「とりあえず食らっとけやァ! ウラ! ウラ! オラァ! オラァアア!」
 馬乗りになっている男子が、気迫の乗った声とともに顔面を殴りつけてきた。
 視界は未だに少しぼやけているものの、拳の動きははっきりと見えるカオルが両腕で受けると、骨の奥に響くような痛みが生じた。
「ヤナギ! 顔はやり過ぎるな! 先コウにばれんだろ!」
 その声で乱打が止まったすきに、カオルは素早く視線を走らせる。体中の痛みなど忘れるほどの気がかりを確認するためだ。すると、そばに立つ三人の中に、 鼻血で口もとを赤く染めた鮫口が、
 ──違う! 鮫口じゃない!
 その男子は短髪という髪型が鮫口に似てるだけで、髪色も顔立ちも違う全くの別人だった。そもそも先ほど見た鮫口は、カオルが夢の中で殴りまくって気絶さ せた鮫口だ。現実で襲ってくるわけがない。
「ヤナギ、腹じゃなく、胸の上でマウント取れ! そしたら腹殴れっから」
「だったら腕おさえろぉ! 腕!」
「おう! 足もおさえとけェ!」
 ありえない見間違いをしたことに、ぼう然としてしまったカオルは、腹に乗ってた男子に胸の上に乗り移られ、別の男子に足をおさえられ、あっという間に手 足の自由をうばわれた。

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