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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第三章 対立 6

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 正志は、今倒した二人が立ち上がりそうにないのを見て、カオルに手を伸ばした。
「カオル、立てるか?」
「ああ……ありがとう」
 カオルは正志の手を強く握ると、ゆっくりと立ち上がる。体のあちこちが痛み、顔をしかめる。けれど、体に付いた土は残すことなく丁寧に払う。それを見て 正志が軽い笑みを浮かべると、カオルも軽い笑みを浮かべて答えた。
 それから正志は、ずっと立ち尽くしている岸里の方を見て言った。
「彼は?」
「ああ、あいつはいいんだ」
「そうか、ならさっさと退散しよう」
 いつもと何ら変わらぬ調子の正志は、地面に落ちてる野球ボールを拾いながら言った。
 その姿を見てカオルは思う。
 …… 勝ったんだよな……おれをいじめようとしたやつに。なんか、あっけなさすぎて、実感がわかないが。でも、おれ一人の力じゃかなわなかった。正志、お前の おかげだよ、ありがとう。これからも親友でいてくれ。お前がいてくれれば過去の屈辱の記憶も乗りこえられる気がする。
 カオルは正志を見た。こちらを見ながら野球ボールを手の平の上で転がしている。
 その正志の姿が少しずつかすんでいく。
 あれっ、なんだ?
 不思議に思うカオルだが、さらに足もとまでふらつきだした。
「カオル? お、おい! 大丈夫か? しっかり──カオル────」
 正志の声が聞こえたが、すぐに聞き取れなくなる。そのまま頭がぼーとして、数秒か、数十秒か、自分ではよくわからない時間がたったあと、ふたたび正志 の声が聞こえてきた。
「────カオル──具合が悪いの──」
「……ああ……大丈夫だ」
 心配そうな正志の声に、カオルはすぐに答えた。
 その言葉が自分にも効いたのかもしれない。カオルの意識は急速に戻り始めた。すると、カオルは自分が正志に抱きとめられていると気づいた。すぐに正志か ら離れる。
「す、すまん。……ちょっと立ちくらみがしただけだ」
「気にしないでいいよ。それよりも、本当に大丈夫なのか? どこか、打ち所が悪かったとかじゃないのか?」
「いや、大丈夫だ。たまにあるんだよ、立ちくらみ。でも、どこが悪いってわけでもないんだ」
「……わかった。でも、どこか悪いと思ったらすぐに医者に行けよ」
「ああ、わかった」
 カオルの返事を聞いた正志は、この話題はこれで終わりと割り切ったのか、野球ボールを片手でお手玉しながら歩き出した。わずかな時間ですっかり気分が 戻ったカオルもそのあとに続く。
 たまに立ちくらみがあることは本当のことだ。正志を安心させるための方便などではない。恐らく、今のもただの立ちくらみで、矢岡たちにやられたこととは 関係がない。カオルはそう思った。
 ふとカオルは、正志がお手玉する野球ボールを見た。
「そういや正志、部活は? つーか、何でここがわかった? ……けんかって知ってたのか?」
「ああ、それはね──ノートだよ。貸してた数学のノートあるだろ、あれを返してもらいにカオルの教室に行ったんだ。そしたらカオルはいなくてさ。なんか、 男子と一緒にどっかに行ったて聞いた。ちょっと気になってたこともあったから、近くにいたやつに聞きながらカオルを探してみたんだ。そしたらここに行き着 いたってわけ。でも、まさか、けんかしてるとは思わなかった。おれ、今日初めてけんかしたよ。まだ興奮してる。なんか、病み付きになりそうだ」
「そういうことか。……って! けんか、初めてなのか!」
 カオルは驚いて立ち止まった。プロの格闘家も顔負けの、正志の戦いぶりを見たあとだから当然だ。しかし、正志は立ち止まりもせず、いつも通りのままだ。
「ああ、しないにこしたことないだろ」
 カオルは正志の後ろ姿を見て一つ息を吐くと、ふたたび歩き出した。
 おまえは本当に大したやつだよ。初めてのけんかであれだけ強いことだけじゃなく、そもそもけんかする事態にならないことがな。まあ、正志は明るい性格の 優等生だし、野球部のエースだったから、人と対立することもなかったんだろうな。……ん? その野球部のエースがけんかしたらまずくないか? ……間違い 無くまずいな、大問題だ。甲子園を目指すどころじゃなくなる。正志は気づいてないのか? いや、利口な正志がそれに気づいてないわけがない。わかっててけ んかしたってことだ、おれを助けるために。このことは絶対に人に知られるわけにはいかない。特に教師には絶対だ。矢岡たちが余計なこと言わなければいいん だが……
 などと思いながら、体育館の角を曲がったカオルは、飛び上がりそうになるほど驚くと、あせりまくって立ち止まった。

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