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暗闇のカオルと
閉ざされた記憶
第三章 対立 7
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──な、なんでここに! ま、まさか……
心臓が全力で鼓動を始め、背中から冷や汗がふき出したカオルは、驚きの表情を取りつくろうこともできなかった。
カオルだけでなく、となりを歩いていた正志も相当驚いたようで、立ち止まっていた。
カオルと正志、二人の前には──
「あら、なんでそんなに驚くのかしら?」
かなりの気の強さを感じさせるが、どこか色気のある声だった。
学生服は着ていない。白いブラウスに黒のタイトスカートだ。性的魅力あふれる体のラインがはっきりと現れている。青年雑誌の表紙をかざるグラビアモデルで
さえ、敗北的劣等感を味わうことだろう。上に白衣をまとってなければ、校内に立ち入ることは認められないかもしれない。
「男子が数人、体育館裏へ行ったって聞いたんだけど──」
「いえ、僕たち二人だけです」
いち早く、驚きから立ち直った正志が答えた。
正志の言葉を聞いて冷静さを取戻したカオルは目の前の女性を観察する。
灰色がかった紫色のロングヘアを風になびかせ、軽く腕を組んでさっそうと立ち尽くしている。美しい顔立ちで、背が高めなこともあり、ファッションモデル
のようにも見える。
……教師? ……なんだよな? ブレザーの制服着てないし、二十代前半ぐらいに見えるから学生でないことは確かだ。例え教師だとしても、口ぶりからみ
て、けんかをしてたって知らない可能性もある。誤魔化しきれるかもしれない……。
意志の強さと知性の高さを感じさせる目で、その女性もカオルと正志のことを観察しながら言った。
「……本当にあなたたち二人だけなの?」
疑うような表情だ。しかし、けんかをしていたことには気づいてない感じである。
角を曲がった先で男子が四人倒れている。それをかくし通せばなんとかなる。そう考えたカオルは返答した。
「はい、おれたち二人だけです。入学して間もないんで、二人で校内を探索してたんです。今、体育館の裏手に行ってきたところなんですが、何もなかったで
す」
「……そう、二人だけなのね、まあいいわ」
その言葉で、ほっと一安心したカオルを見てから女性は続けた。
「だけど、あなた怪我をしているわね。わたしの立場上、このままあなたを帰すわけにはいかないわ」
カオルと正志はあせった。どんなに言葉で取りつくろっても、カオルの怪我を見れば、けんかをしていたことは一目
瞭然だ。さらに悪いことに、この女性はやはり教師のようで、面倒ごとを見過ごさず自分の責任を果す性格の
ようだ。だが、それでもカオルは正志に迷惑をかけないために、取り乱しそうになりながらも必死に弁解する。
「あ、いや、これは……ちょっと転んだだけで、その……別に誰が悪いってわけでは──」
「転んだだけ? とてもそんなふうには見えないけど。とにかく一緒に来た方が良いわね」
「いえ、転んだだけです! だから大丈夫です!」
「……君、何か誤解してるわね。別に怪我の理由を聞きたいわけじゃないのよ」
「えっ?」
二人はまたしても同時に驚いた。
それを見て、女性は色気のあるため息を吐いた。
「わたしは養護教諭なの。だから、怪我をしている生徒を放って置くわけにはいかないの」
カオルと正志は顔を見合わせた。すぐにカオルは考える。
今、おれがこの養護教諭と一緒に保健室に行けば、体育館裏で倒れている四人のことはばれずに済む。下手に断るより、今すぐ一緒に行った方が良さそうだ。
「わかりました。なら怪我の手当て、お願いします」
「あら、以外に素直なのね。素直な男の子は大好きよ。それからあなたの方は……見たところ怪我はしてないみたいね。もう行っても良いわよ」
養護教諭が正志に言った。その際にカオルは、「あとはまかせろ」との意味を込めて正志へうなずいた。
正志は、一瞬カオルと視線を合わせたあと、養護教諭の顔を見て、「はい、わかりました」と言って丁寧に頭を下げると、小走りで去っていく。
養護教諭は去っていく正志を見送ったあと、カオルに視線を戻してかすかな笑みを浮かべた。しかし、難を乗り切ったと思い、胸をなで下ろしていたカオル
は、そのことにまったく気づいていなかった。
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