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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第四章 紛失 6

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 それからしばらくの間、彩華は百万円を手に入れたらどうしようかという夢物語を語っていた。だが、時間がたつうちに少しは落ち着いたようで、やっと現実 的なことを口にする。
「──で、強化人間、どうやって探そうかしら。カオル、何かいい考えないの?」
「いい考えも何も、おれはそんなもの探すなんて一言も言ってないんだが」
「つれないわねぇ。せっかく話が盛り上がってるのに。でも、ほんとにどうやって探そうかしら。友達に情報聞きたいところだけど、ちょっと恥ずかしいわよ ね」
 突飛なことばかり言い出す彩華だが、おかしな事を言ってる自覚があるようで、カオル以外に話を振る気はないようだ。結局、振り回されるのはカオルだけ だ。
「彩華、百歩、いや、二百歩ゆずってだ、仮に強化人間がいるとしよう。で、その強化人間とやらは、見てわかるのか? 腕が機械になってるとか、目が赤く光 るとか、そういうはっきりした特徴がわかんないと探しようがないぞ。逆に特徴さえわかっちまえば、最悪ここから通りを見ているだけでも探せるし、その他色 々知恵の使いようもあるってもんだがな」
「もっともな意見ね。まずは強化人間の外見的特徴よね。うーん、西沼さんならなんか知ってるかなぁ。明日、聞いてみようかしら。まあ、とりあえず、今日の ところはここから通りを観察してましょうか。なんでもいいから、とにかくすごい人がいたら突撃するわよ」
 そう言うと、彩華は大きな窓ガラスごしに通りをながめ始めた。
 何がバイトだよ、いつもとたいして変わらないじゃないか。
 そう思ったカオルだが、楽しそうな彩華を見て考える。
 彩華はバイトをしかったんじゃなく、退屈しのぎに楽しいことを探していたのかもな。しゃれた喫茶店で、通りを行く人を見ながら何気ない会話をする。そん な時間の過し方も悪くないかな。いや、そういう日常こそが、おれが一番好きな時間なのかもしれない。
 カオルは彩華と同じように外を見た。
 学校帰りの学生や買い物する女性が楽しげに通りを歩いている。レンガと植木が作るおしゃれな雰囲気を、カオルと同じように楽しんでいるのだろうか。
 ふと、カオルはレンガ通りからそれた裏路地に目をやった。そこには学生服を着た二人の男子学生がいて、カオルたちの方をじっと見ていた。少し離れている のではっきりとわからないが、かなり不快な表情をしているようだ。
 ん? おれと彩華に観察されてると気づいたのか? だとしたらえらく感のいいやつらだな。
 そう思ったカオルだが、通りを歩く男の中には、彩華のことをちらちらと見ている人が結構いることに気づいた。つられてカオルも彩華を見た。窓辺の席に優 雅 にすわった彩華は、日光を浴びてとても美しく輝いて見えた。クロード・モネは光に満ちたきらめくような絵を描いて光の画家と称されたが、日の光に照らし出 されながら楽しげに通りをながめる彩華は、そのモネが描いた傑作の中の存在のようだ。
 そういうことか。彩華に目を留めたはいいが、前にすわるおれのことを彼氏と勘違いして、ねたんでしまうと。それはとんだ思い違いだ。だからそんなに、に くらしげににらまないでくれ。
 カオルはふたたび路地裏の二人を見て苦笑いした。その二人は他にやることがないのか、先ほどと変わらずにカオルたちの方を不快そうに見ている。まるでう らみでもあるかのようだ。
 初めて見るやつにまで、あんな顔で見られるとはな。おれは人に嫌われる才能でもあるのかもな。ん? ほんとに初めて見る顔か?
 カオルはその二人の顔を見るうちに、見るのが初めてではないような気がしてきた。以前どこかで見たことがあるような既視感が少しずつ芽生え始める。ゆっ く りと心をおおい始めたその黒い感覚は、カオルを次第に不安にさせる。
 こ、この感覚は……たぶん良くないことだ。いや、絶対に悪いことだ。思い出せ。今すぐ思い出せ。そうしないと取り返しがつかないことになるような気がす る。そうなる前に思い出すんだ。
 その二人の顔をカオルは記憶の中から必死に探しだす。そして、とある光景がふいに脳裏に浮んだ瞬間、衝撃がカオルを突き抜けた。
 思わず立ち上がりそうになったカオルは、椅子とテーブルをがたんとゆらしてしまった。
「ん? カオル、何か見つけたの?」
 通りからカオルに目をやった彩華が問いかけるが、そんな言葉などカオルの耳には届かない。
 ちくしょう! いったいいつからだ! おれが通りを見た時からか? いや、そん時はすでに見られてた。もっと前からだ。店に入る時か? ……まさか、つ けられてた? だとして、どこからだ? ん! もしや、昨日もか! いや、その前からの可能性もあるのか!
 一瞬で混乱状態におちいったカオルは思考が乱れて考えが飛躍してしまう。
 先ほどまでしゃれた雰囲気でカオルを楽しませていたこの空間は、虐殺事件の現場のごとくカオルを恐怖で包み込む。光で包まれていた彩華も今では完全な闇 となり、カオルの視界から消えていた。
 カオルは驚きと恐怖を顔にはり付けて通りを見つめている。彩華はそんなカオルの両肩を両手でゆすりながら問いかける。
「ちょっと、カオル! どうしたの? 何を見たの?」
 突然ゆすられたカオルは、激しく驚きながら彩華へ振り向いた。自分の目をじっと見つめる彩華を見て、カオルは少しずつ冷静さを取り戻す。
「カオル、何か良くないものを見たんじゃ──」
「いや……ち、違うんだ。その……何でも、ないんだ」
 どんなに鈍い人間でも、何かあるとしか思えないカオルの反応。だがカオルはうそを吐く。うそだと思われることなど承知の上で。
「前にもこんなことあったわね」
 カオルの目が見開いた。
「確か、奈々美ちゃんと友達になった公園でだったわ。今のカオルはあの時とまったく同じように見えるわよ。……あそこで見たものを、今さっきも見たんじゃ ないの?」
 次々に確信に迫る彩華。だが、カオルは答えない。
 奈々美と出会った公園。そこでカオルは鮫口を見た。その鮫口は背後に二人の男子を従えていた。その二人の男子が、今、路地裏からカオルたちのことをずっ とにらみ付けている。そんなこと答えられるわけが無い。
「そう、言えないことなのね。でも、放って置けないのよ」
 と言って彩華は、カオルが先ほどまで見ていた方へゆっくりと振り向く。
 やめろ! 見るな! おれの過去を、いじめられていた屈辱の過去を探らないでくれ!
 彩華が二人の男子を見たところで、何もわかるわけなどない。だが、カオルはそこまで思いいたらず、路地裏の方を見る彩華の顔を祈るような気持ちでじっと 見つめていた。
「特に何もないわね」
 彩華のつぶやきを聞いて、カオルも路地裏の方を見た。だが、先ほどまでいた二人の男子は、路地裏の日陰に溶けこんでしまったかのごとく、いなくなってい た。
 いない? まさか、幻覚だったのか。いや、そんなことはない。あの時も、今も、確かにいた。幻覚なんかじゃ絶対にない。
 そう思ったカオルを不安が襲う。するとカオルは習性のごとく、胸から下げた指輪をブレザーごしに握ろうとした。
 カオルをまたも衝撃が突き抜けた。
 その衝撃に、今度ばかりは反射的に立ち上がってしまった。弾かれたように倒れた椅子が床にぶつかり大きな音を立てると、店内にいた数名の客とお盆を持っ たウエイトレスがカオルの方を見た。
「カオル?」
 不可解な表情でカオルの方を振り向いた彩華だが、すぐに鋭い視線を路地裏へ向け、素早く辺りを確認する。が、何もないと判断したのか、またカオルの方を 向いた。
 カオルはぼう然と言葉を発した。
「ない」
「ないって、何がないの?」
「……指輪」
「指輪って、いつも首から下げてる銀の指輪のこと?」
「ああ」
 彩華が指輪のことを知っていたと驚く余裕などカオルにはない。カオルは母の形見の指輪を母親のごとく大切にしていた。その指輪を無くした今、母親を無く した時と同じぐらいの衝撃を受けた。
「とても大切なもの、なのよね?」
「……ああ」
「どこでなくしたか、心当たりはないの?」
 無言で考えるカオルだが、動揺のあまり頭が働かない。
「もしかして、けんかした時に落としたんじゃないの?」
 カオルはびくりと反応した。
 そうだ! それしかない! 体育館裏に落としたんだ!
 そう思った時、カオルはすでに動き出していた。
「待って! 少し落ち着いて、ね、カオル。あせってたら見つかるものも見つからないわよ。わたしも探すの手伝うから、まず、そうね、最後に指輪を見たあ と、何をしたのか順番に振り返ってみましょ」
 言いながら彩華は、レシートを取って立ち上がった。
 落ち着き払った彩華を見て、カオルは少しだけ冷静さを取り戻す。
「そ、そうだな。……ありがとう、彩華」
 その後、喫茶店を出て学校に戻ったカオルと彩華は、体育館裏へ直行した。戻りながら一日の行動を振り返ったカオルだが、やはり、けんか以外に指輪を落と す行動などしていない。体育館裏以外で落としたとは考えられない。
 体育館裏の地面は、土と砂利があらわになっていて、あちこちで足首ぐらいの高さの雑草が生えている。だが、決して指輪を見つけられないような場所ではな い。銀のネックレスも一緒に落ちているはずだから、なおさら見つけやすいはずだ。しかし、いくら探しても見つからない。ここ意外の場所は考えられないの に。 ここで落としたとしたら、もう見つかってもいいはずなのに。
 時間がたって辺りがうす暗くなるにつれ、地面はどんどん見えづらくなり、カオルの不安はさらに大きくなる。
 そして、必死に探しているカオルをどきりと驚かせるようなチャイムの音が鳴った。下校時間を告げるチャイムだ。もう帰宅しなければならない。けれど、指 輪はまだ見つかっていない。
 チャイムが鳴り終わるのを聞きながら、カオルはぼう然と考える。普通なら見つかってもいいはずなのに見つからなかった。こんなに一生懸命探したのに、 と。
 そのことは、カオルに最悪の展開を想像させた。
 カオルが落とした指輪を矢岡たちが持ち去ったのではないのかという、最悪の展開を。

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