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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第五章 狂言 2

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「谷風君、少し怖い顔をしてるわよ。お茶が口に合わなかったのかしら?」
「……景子先生、なんで指輪を自宅に持って帰ったんですか?」
「あら、唐突に質問するのね。だけど、それはさっき説明しなかったかしら。高価な指輪だから家で大切に保管しようと思ったって」
「この保健室は厳重にカギがかかるのに?」
「そうね、確かにカギはかかるわ。でも、昼間はカギをかけないし、よく部屋を出るから決して安全ってわけではないわ」
 カオルは口を閉ざした。理屈はわかるが、やはり家に持って帰るなんて不自然だ。もし安全に保管したいなら、係の人に届けるのが普通だろう。だが、それを いくら聞いたところで、またもっともそうな理由が返ってくるだけに思えた。それなら。
「どうしたの、急にそんなこと聞いたりして? もしかして、今すぐ指輪を渡せなかったことを怒ってるのかしら?」
 不思議そうな顔で景子がたずねた。だが、カオルは景子の問いを無視してさらに別の質問をする。
「景子先生は直接おれの教室まで来たって聞きました。何でおれの指輪だって思ったんですか? 女子の持ち物だと思うのが普通なんじゃないですか?」
「谷風君の体を検査した時に、ネックレスをしてたのに気がついたからだけど──」
「つまり、その時は、おれが身に付けてたってことですね」
「…………」
「景子先生、さっき自分で言いましたよね。ネックレスは何ともないって。おれはあのネックレスを毎日付けてるからよく知ってます。あれは切れるか、手で外 すかしないと絶対に落ちないって」
 カオルは鋭い視線で景子を射抜くと、冷たい声で言った。
「おれは自分で外してなんかいない。つまり──景子先生が外したってことですよ」
 景子は少しも動揺することなく、ゆっくりとした動作でお茶を一口飲んだ。
「ふふふ、ご名答。なかなか面白い推理だったわよ。もう気がついてると思うけど、昨日、谷風君の体を検査している間に拝借したの。他の男子みたいに鼻の下 を伸ばしてるだけじゃなく、少しは知恵が働くようね」
「ごたくは要らない。指輪を返してください!」
「悪いわね、本当にここにはないの。うちに置いてきたことは事実なのよ。谷風君がゾーンのことを話してくれて、実験に協力してくれれば、ちゃんと返してあ げるわよ」
 さっきまでの親切そうな表情とは打って変わり、景子は挑発的な顔で言った。
 景子の言い分にめらめらと怒りがわき起こったカオルは、じっと景子をにらみつける。
「そんな自分勝手な理由で……。そのせいで、おれがどれだけ……」
「悪いとは思ったんだけど、どうしてもゾーンの研究を進めたくて、ついね。でも、ちゃんと返すつもりだし、お礼もするつもりなのよ。谷風君の大好きなもの でね」
 景子はなまめかしく腕組みをすると、あやしくほほ笑んだ。
「よくわかりました。景子先生は目的のためには手段を選ばない、卑劣な人間なんですね。だったら、相応のやり方をするまでです」
 カオルは言うと、立ち上がった。
「あら、何をするつもりかしら?」
「景子先生がしたことは、全部担任に報告します。厳しい処分を受けて下さい」
「厳しい処分? ふふ、それを受けるのは誰かしら?」
「は? なんでおれが処分を受けるんですか?」
「そうね、確かに谷風君ではないわね」
 カオルは意味が分からず不可解な顔をした。言葉は出ない。
「谷風君のお友達、地藤ちとう君って言ったか しら。優等生で運動もとてもできるらしいわね。中学生の時は野球部のピッチャーで活躍したって聞いたわ。当然、高校では甲子園を目指すつもりでしょうね。 でも、乱闘事件を起こした何てことになったら──」
 景子の話を聞くうちに、全身が燃えるように熱くなり小刻みに振るえだしたカオルは、奥歯を強くかみしめると、焼けつくような怒りの視線で景子をにらみつ けた。
 だが景子は、そよ風に吹かれているかのような、すずしそうな顔をしている。
「友達思いなのね。そういうの大好きよ」
脅迫きょうはくですか」
「脅 迫? 勘違いしないで。わたしは見逃してあげるって言ってるの。言わば谷風君の味方なのよ。まあ、全ては谷風君次第だけど。谷風君が、わたしの実験に協力 してくれるだけでいいの。大切な指輪も無事に戻るし、乱闘のことも知られないで済むわ。これはお友達の将来にも関わることだから、よく考えることね」
 おれの指輪を盗んだ上、正志のけんかのことでおどす。おれのことを散々苦しめたことなど、景子先生は何とも思ってない。それどころか、次は正志まで苦し める気だ。……許さない。絶対に許さない!
 景子に対する怒りは、心を燃やし尽くす巨大な黒炎のごとく、すでにカオル自身ではおさえられなくなっていた。その怒りのためか、カオルはまともに言葉を 出せず、握りしめた拳をわなわなと震わせるだけだ。
「指輪を返して欲しければ、いつでもわたしの家にいらっしゃい。実験に協力してくれればすぐに返してあげる。だけどもし、誰かにこのことを話したら、その 時は──」
 景子の言葉をカオルは最後まで聞かず、背を向け歩き出すと、保健室の戸を開け放った。
 ──そういうことなら行ってやるよ。景子先生、あんたの家にな!
 カオルは固い決心をしながら保健室をあとにした。

 怒りのあまり勢いよく廊下を曲がったカオルは、女子生徒とぶつかりそうになった。
「きゃっ! ちょっと、危ないわよ! って、カオルじゃない。またここでぶつかりそうになるなんて、奇遇ね。……ん? わかった! わざとでしょ! 知ら ない女の子との、偶然の出会いを演出してるんでしょ! ごめんね、邪魔しちゃって……」
 彩華は、からかうような目でカオルの顔をのぞき込んだが、すぐに心配そうな表情になった。
「カオル、指輪、見つかったんじゃんなかったの? 保健室に落し物とりに行ったって、西沼さんに聞いたけど」
「いや」
「そう、残念だったわね。でも、まだまだこれからよ。今日は体育館裏の雑草を、全部ひっこ抜くぐらいの気持ちでいくわよ」
 カオルは内心の怒りを精一杯押し留め、極力普通の顔を作って言った。
「そのことは、もういいんだ」
「えっ?」
 カオルの台詞が相当思いがけないものだったようで、彩華は驚きで動きが止まった。
「指輪のことは、おれ一人でやる。色々手伝ってくれてありがとう」
「……何かあったの?」
 カオルは答えられず目をそらした。
「わたしじゃ手伝えないことなの?」
 再度の問いにも、カオルは口をつぐんで答えない。
 そんなカオルのことをしばらくじっと見ていた彩華だが、カオルの強い意志を感じたのか、納得したように言った。
「そう、わかった。それで、これからどうするの?」
「行く所がある」
「一人で行くの?」
「ああ、一人で行く。すまない」
 カオルは言い切ると、彩華の横を通り抜けた。
「待って、カオル!」
 カオルを呼び止めた彩華は、立ち止まったカオルの背に優しくさとすように言った。
「困った時に一人で一生懸命頑張るのはカオルの良い所だと思う。カオルのそういうところ、昔からずっとすごいと思ってるし、尊敬もしてる。でもね、カオル は一人じゃないのよ。カオルにはわたしや正志がいるんだから、もし一人で解決できないようなら、ちゃんとわたしたちを頼るのよ」
「……ああ、ありがとう」
 カオルは振り返らずにそう言うと、小走りで駆けて行った。

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