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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第六章 罠 1

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「はぁ、はぁ、はぁ、で、どうだったの? はぁ、はぁ……」
 彩華は荒い息をしながら聞いた。
「はぁ、はぁ、何が? はぁ、はぁ、はぁ……」
 聞き返すカオルもとても息が荒い。
「はぁ、はぁ、何がって、はぁ、はぁ、今わたしが、はぁ、聞きたいことなんて、はぁ、はぁ、一つしかないでしょ。はぁ、はぁ……」
「ああ、そうだな。はぁ、はぁ、すげーキツかった。はぁ、はぁ……」
 カオルと彩華は仲良く朝の日差しを浴びている。寝不足のためか日差しが目に浸みたオルは、彩華が悲しそうな表情になったのを見逃してしまった。
 それから呼吸が戻るまでお互い無言でいたあと、彩華がぼそりと言葉をもらした。
「そう、キツかったの……」
「ああ、すげーキツかった。ていうか、今もまだキツい」
「そう……、そうよね。──やっぱり、わたしも何か手伝うわ!」
「ん? 手伝う? なら、明日からちゃんと早起きしてくれ」
「えっ? 早起き? そんなことでいいなら、別にかまわないけど……わたしが早起きするのと、カオルの指輪に何の関係があるの?」
「は? 彩華の早起きと、おれの指輪の関係? さあ? 何か関係あるのか?」
「はい? 今、早起きしてくれって言ったのはカオルでしょ? ……ていうか、カオル、あんた何の話してんの?」
「えっ? 何の話って……そりゃ、毎朝のダッシュがキツいから、明日からもっと早く起きようって、そういう話じゃないの?」
「ち、違うわよ!」
 彩華の声が静かなバスの車内に響き渡った。
 朝の通勤通学の時間、乗車口の近くに立つカオルと彩華。その二人に、乗っていた多くの学生やサラリーマンがいっせいに注目した。多くの視線を浴びて、顔 をほんのり赤く染めたカオルと彩華は、照れかくしにせきを二つ三つしてから同時に下を向いた。
 彩華のお寝坊のおかげで、授業に間に合う最後のバスに目の前で置いて行かれてしまったカオルたちは、次のバス停まで全力疾走で追いかけ続け、根性で乗り 込むという離れ業をやってのけた。そんなよくある何気ない朝のはずが、思いもよらないところでけちが付いた。
 ほとぼりが冷めるまで下を向いていた彩華が、小声で切り出した。
「走った感想を聞いたんじゃないわよ。指輪が見つかったか聞いたのよ」
「ああ、指輪のことか。……見つかったよ」
 カオルは色々と思うところはあるものの、それらを顔に出さずに答えた。彩華はカオルの顔を見て一瞬動きが止ったあと、満開の桜のような笑顔を見せた。
「良かったじゃない、カオル!」
 喜びがあふれ出たような彩華の声に、まわりの人がまたもカオルたちに注目した。だが、今の彩華にはまわりの人など見えてない。それどころか、先ほど の恥ずかしい思いもすでに消し飛んでしまっている。そう確信させるぐらいうれしそうな表情だ。
 この喜びようは、指輪のことを彩華が本当に心配してくれていたからだと感じたカオルは、彩華に心からお礼を言った。
「ああ、ありがとう。彩華にも色々と心配させて悪かった」
「いいわよ、それくらい。確かに、すごく心配して、今日は寝坊しちゃったけど」
「えっ! それは……」
 違うだろと、続けようとしたカオルだが、本当に心配してくれたことは間違いない。そんな彩華に違うだろとは言いにくい。だが、今の発言を見過ごすわけに もいかない。そこでカオルは少しだけ考えてから言った。
「まあ、とにかく、昨日は指輪が見つかったし、明日からは彩華が早起きしてくれるし、いい事だらけだ」
「ちょっと、何言ってんのよ! 早起きはなし! なしに決まってるでしょ!」
 彩華はカオルをにらんだ。しかし、すぐに楽しそうな表情をすると、カオルと一緒になってくつくつと笑い続けた。

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