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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第六章 罠 3

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『カオル! 出るの遅いわよ! わたしからの電話には三秒以内に出なさい!』
 速攻で切りたくなったカオルだが、彩華の興奮具合から重要な要件だと感じすぐに答えた。
「すまん、ちょっと出にくい状況だった。で、何かあったのか?」
『聞いて驚きなさい! 大、大、大、大、大ニュースよ! 何と、何と、何と、手に入れたのよ!』
 すさまじい興奮状態の彩華は、やたら大げさな口調でまくし立てる。
「彩華、手に入れたって、何をだよ」
『は? カオル、何言ってるの? 今わたしたちが探してるものは一つしかないでしょ!』
「えっ、指輪か? でもそれなら──」
『違うわよ! その件はもう解決したんでしょ! もう一つ大切な探し物があったでしょ!』
「えっ? もう一つの大切な探し物? ……そんなものあったっけ?」
『強化人間でしょ!』
「…………」
 考えてもいなかったことを言われ、カオルは思考が混乱した。
 彩華のやつ、今何て言った? ……確か強化人間って言ったよな。ああ、間違いない確かにそう言った。強化人間って言えば、有力情報に百万円の賞金がかかってて、彩華がアルバイトで探すとかトチ狂ったこと言ってたやつだ。──それを手に入れたって?
 やっと理解したカオルは、近くに景子がいることなど完全に忘れ、大きな声を出した。
「えぇェェーー! マジか! マジなのか!」
『そう! マジよ! マジなのよ!』
「ほんとの、ほんとの、ほんとか!」
『ほんとの、ほんとの、ほんとよ!』
 カオルも彩華もすさまじい興奮だ。そして、付き合いの長いカオルにはわかる。冗談好きの彩華だが、今回ばかりは冗談など言ってない。本当に手に入れたのだ!
 そのあまりに突然の話に、カオルはどうしていいのかわからず、携帯電話を持つ手をふるふると振るえさせるだけだ。
「ど、どうするつもりだよ、いったい!」
『そう! それなんだけど、とりあえず使ってみることになったの!』
「えっ?──えぇェー! いきなり使っちゃうのぉォー!」
 あまりの展開の早さにカオルは度肝を抜かれまくった。だが。
『そう、使っちゃうわよ! クーポン券! マンモスバーガーの!』
「……クーポン券?」
『そう、クーポン券! 西沼さんの知合いの子が、例の強化人間探しのサイトからメールでもらったものなんだって! でも、ごめんね、カオル。このクーポン券、ちょうど三人分しかないの。だから、今回はわたしたち三人で行くから、悪いけどカオルは遠慮して!』
「…………」
『あっ、 ごめん、携帯電池切れそう! じゃあ、そういうことで、今から西沼さんたちとマンモスバーガーに行くから、強化人間探しはそのあとにしましょう! そう ね、夕焼け堂に四時に集合でいいわ。遅れるんじゃないわよ! 一秒でも遅れたら、全部カオルのおごりだからね。わかった? 絶対よ!』
 通話は彩華によって一方的に切られた。
 カオルは携帯電話を耳に当てたまま固まっていた。彩華の興奮した声が聞こえなくなった電話からは、ツーというむなしい機械音だけが聞こえてくる。
 ……何だ? どういうことだ?
 ゆっくりと電話を下ろしながら、カオルは考えを整理する。
 確か、クーポン券とか言ってたな。どっかから送られてきたとか何とか。そういえば、となりの席の子が前に言ってたなぁ。とあるサイトが強化人間の情報提 供者にクーポン券を送ってくるって。──つまり、彩華が手に入れたって言ってたのは、賞金の百万円じゃなく、ただのクーポン券だったと……
「まぎらわしいんだよ!」
 カオルは思わず携帯電話に向かって叫んでいた。
 すると、お茶でぬれた円卓を台ふきでふいていた景子が声をかけた。
「ずいぶん楽しそうじゃない。谷風君がそういう表情するとは、少し意外だったわ」
 言われてカオルは顔を赤くした。カオルは彩華と正志以外とは、あんなにくだけた話し方はしない。だいぶ親しくなった奈々美とでさえ、かなりよそ行きの話 し方だ。ここが保健室であることや、景子が近くにいることを思いだし、興奮して大きな声を出したことが恥ずかしくなったのだ。
 景子は興味深々といった顔で聞く。
「今の電話の相手、彩華ちゃんと言ったわね。谷風君の彼女はその子なのかしら?」
「あ、彩華はそんなんじゃなくて、ただの幼なじみです」
「あら? 彩華ちゃんも彼女じゃないの? でも、指輪はその子からもらった物なんでしょ?」
「……いえ、違います」
「彩華ちゃん以上の本命がいるってこと? やるわね、谷風君」
 カオルは本当のことを言うべきか一瞬ためらった。だが、母の死に関してはすでに心の整理が付いている。カオルは自然な態度で答えた。
「違います。この指輪は母の形見なんです」
「…………」
 景子は無言になって手を止めた。その顔からはすでに楽しさが消えている。
「小学校に入ってすぐに……。交通事故だったそうです。でも、ずっと昔のことですし、今はもうふっきれてます」
「……そう、そういう事情があったの。わたしの行動は軽率だったわね。本当にごめんなさい」
 初めて見せる真剣さで景子が頭を下げたのに対し、カオルは明るい顔で言った。
「景子先生、そのことはお互い水に流すって約束ですよ」
「……そうだったわね」
 少し影のある笑みを見せた景子は、お茶をふき終えた台ふきを洗面台で洗い始めた。

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