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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第八章 追跡者 3

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 読み終わったカオルは深く息を吐くと、正志の方を見た。一足先に読み終えていた正志と目が合う。
「正志、どう思う?」
「これだけの情報じゃ、何とも言えないなぁ」
「だよな。確かに、真実味はあるけど、よくできたいたずらかも知れないしな」
「そんなことないわ。この書き込み、書かれた直後に消されてなくなってるし、絶対に本当よ」
 かたくなに真実だと言い張る彩華に、カオルは率直に言う。
「消したのも、ただの演出なんじゃないのか?」
「違うわ。だって、わたしの書き込みも勝手に消されたのよ」
 その台詞を聞いて、今までおだやかな顔だった正志が、急に真剣な顔付きになり彩華に質問をする。
「彩華。この掲示板、荒れてたりした?」
「荒れてなかったわ」
「誰か、悪口とか書いてた人はいた?」
「いないわ」
「他に消された書き込みはあった?」
「……うーん、わたしが見てる時はなかったと思う」
「どのくらの人が書き込んだり、閲覧してたと思う?」
「わたしと『いんきょ』さんが会話してる時は、誰も書き込んでなかったから、見てた人もほとんどいないと思う」
 そこまで聞いた正志は、深刻な顔になり無言で考え始めた。
 カオルは正志の考えがわからず、彩華の方を見た。だが、彩華にもわからなかったようで、同時にカオルの方を見てから首をかしげた。
「正志、いったい何を考えてるんだ?」
「カオル、この『いんきょ』とかいうやつ、本当に関係者かもしれない。……だとしたら、少しまずい状況だ」
「どういうことだ?」
「インターネットの掲示板は、誰でも自由に書き込めて自由に閲覧できる」
「ああ、当たり前だろ」
「でも、──それは、うそなんだ」
 ためらわずに言い切った正志は、驚いて言葉を失っているカオルに説明を始める。
「イ ンターネットの掲示板には、管理者がいるものがあって、管理者は人の書き込みを自由に消せるんだ。この時点で、書き込みも閲覧もすでに自由じゃない。大き く制限されてるんだよ。で、この管理者って、普段は悪口や荒し発言を削除するぐらいなんだけど、でも、やろうと思えば、特定の内容の発言を消して、情報規 制することができるんだよ。そして、それを上手くやれば、見る人の考えを誘導することもできるんだ」
 その説明を聞いて、カオルは先ほどの正志の質問を思い返してみた。直後、背筋が凍りついたカオルは、血の気が引いた顔で彩華に問う。
「彩華! さっき、何て言った? 確か、悪口も荒し発言もなかったって、そう言ったよな! それなのに削除されたってことは、この掲示板は情報規制されて たのか!」
「そう言ったわよ! だから、重大な話だって、極秘情報だって、何度も言ったじゃない! それなのに、カオルったら反抗期で、口答えばっかりして」
「わ、悪かったよ。ほんとすまん」
 カオルは顔の前で両手を合わせて彩華に謝るが、正志はさらに続ける。
「でも、カオル、ことはそれだけじゃ済まないんだ」
 カオルも彩華も驚いて、正志の方に振り向いた。
「それだけじゃ済まない? ……って、まさか! 考えの誘導ってやつか!」
「そこまではわからない。でも、仮に、この掲示板が情報規制されていて、『あやぱん』と『いんきょ』の発言が規制にかかって消されたとすると、かなり危険 だって言える」
「どうしてだ? 匿名掲示板なんだから、特に問題はないだろ」
「実は、その匿名ってやつもうそなんだよ。管理者が調べれば、利用者の住所なんて筒抜けなんだ」
「…………」
「まあ、くわしく調べるにはプロバイダーに問い合わせないとダメなんだけど……」
 続きを言うのを一瞬ためらった正志だが、カオルと彩華の真剣な目にうながされ続きを言う。
「掲示板に情報規制をかけられるほどの金だか権力があれば、それも可能だと思う。その場合、彩華の住所も、手に入れた情報も、その得体の知れない相手に知 られてしまう」
 絶対に出回ってはいけない情報が、少数の人間に知られてしまったとしたら、知った人間を情報もろとも──
 最悪の場合を考えてしまったカオルは生つばを飲み込んだ。
 同じ様に彩華も良からぬことを考えたのかもしれない。無言でテーブルの上の文書に視線を落としている。
 重苦しい雰囲気が三人にのしかかった。
 その雰囲気を作り出した責任を感じたのか、正志が付け足すように言った。
「まあ、それは少し考え過ぎかな。消した人は、貴重な情報を独占したかっただけかもしれない」
「だな。それに、その貴重な情報だって、いたずらの線が消えたわけじゃないしな」
 カオルは、笑みを作りながら彩華に言った。
 すると、彩華は不安な顔の中にも少し笑みを見せた。
「……そうね」
「じゃあ、とりあえず何か注文しよう。カオルと彩華のオススメを教えてよ」
 正志は言ってから、彩華の前でメニューを開くと、明るい声で色々質問しだした。
 その正志を見てカオルは思う。
 正志、やっぱりお前はすごいやつだよ。物知りだし、考えも深いし、気づかいもできるし。その正志がおれたちと同じ高校生だと思うと、落ち込みそうになる よ。いっそ、正志が強化人間だった方がつり合いがとれるかもな。そうだとしても、すぐに納得できる。
 それからカオルはその文書を見た。そして、もう一度内容を確認する。先ほどと違い、真剣に考えるつもりで。
 『いんきょ』の書き込みが正しいとすると、強化人間は生身の人間なのか。でもって、あらゆる能力が高いが、強化人間にも種類があると。プロジェクトの開 始は十八年前。つーと、おれたちが生まれる少し前だな。で、一般人として暮らしてる強化人間がいて、そいつは男で高校生ぐらいだと。うーん……。
 カオルは正志のことをちらりと見た。彩華と一緒にメニューを選んでいる。
 まさかな。で、そのプロジェクトはかなり物騒で、国の内外の企業や政府から裏で資金が来てて、各国の諜報機関も動いていると。うーん、かなり大がかりだ な。でも、やっぱり都市伝説の域を出てないよな。おれたちみたいな高校生が作ったような話だし、この話に飛びついてるのも、おれたちみたいなやつらなんだ ろう。
「カオルは何を注文するの?」
 彩華がカオルに声をかけた。正志の気づかいが効いたのか、かなり明るさが戻っている。
「そうだな。じゃあ、ブルーベリータルトで。前に食べた時は、なぜか、いまいち食べた気がしなかったから」
「あらそうだったの。わたしは十分食べた気がしたんだけど」
 そう言ってにっこり笑ってから、彩華はウエイトレスに声をかけた。すると、警戒したような表情でウエイトレスが歩いてきて、彩華の注文を聞いていった。

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