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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第八章 追跡者 4

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 その後、紅茶とデザートを食べながら、今後どうしようか話し合った三人は、結局、強化人間探しはあきらめることにした。命あっての物種である。危険な香 りがただよい始め、何かにおびえるようになってしまった今、もう以前のように探索を楽しむことなどできない。探索当初はあんなに乗り気だった彩華も、一切 反対はしなかった。
 そして、今日はもう予定もないので帰宅することにし、レジに並ぶ三人。
 自分の分の会計を済ませたカオルは、ちゃりりんと、心地よい鈴の音を鳴らして扉を開け外に出た。探索打ち切りの決定で、暗く嫌な気分も吹っ切れたのか、 鈴の音がとても気持ち良く聞こえた。
 レンガの通りをカオルの方へ歩いてくる人が見えた。
 喫茶店のお客だろうと思ったカオルは、道を開けようと扉の前をどいた。だが、その人物は扉ではなく、明らかにカオルの方へ向かって歩いてくる。
 黒っぽいスーツに赤いネクタイをしめたその男は、格好から見て多分サラリーマンだろう。四十代ぐらいに見える。けれど、スーツの着方がゆるいせいか、雰 囲 気がどことなくうさんくさい。少しガニマタ気味の歩き方もそう思わせる原因なのかもしれない。黒の革ぐつでレンガを叩く音にも不快感を感じさせる。
「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが」
 少しかすれ気味の声だ。目付きは一見おだやかだが、細めで鋭い。
「実は道に迷ってしまいまして。もうすぐ商談の時間なのですが、もう一人ではお手上げでして。あっ、地図はあるんですよ」
 男はそう言って、地図の書かれた紙切れをカオルに見せた。筋張っていて、ごつごつした手だ。
 カオルは地図をのぞき込んだ。
 この近辺の地図だった。赤い丸印が打ってあり、それが目的地なのだろう。だが、その印はかなり入り組んだところに書かれている。多分、いくつか裏路地を 行ったところだ。この近辺の地理に明るいカオルでさえ、地図を見ながらでないと行けないだろう。商談で初めて来た人には、かなりつらいはずだ。
「カオル、おまたせ!」
 鈴の音を鳴らして彩華が出てきた。となりには正志もいる。しかし、すぐに二人はあやしむような顔になると、彩華がカオルに聞いてきた。
「……カオルの知り合い?」
 カオルが答える前に、その男はにこやかに笑い、彩華に地図を差し出しながら答えた。
「これは失礼しました。実は道に迷ってしまったので、お連れさんに道を聞いていたんですよ。よろしければ、ここまで案内を──」
「ごめんなさい。わたしたち、この辺のことはよく知らなくて。だから、お役に立てないの」
「お、おい、あや──」
「ほら、待ち合わせに遅れるわよ!」
 彩華は差し出された地図を見ようともせず、困惑するカオルの腕を取って歩き出す。
「わたしたち急いでますんで、これで失礼します」
 男にそう言い残して、彩華はレンガの通りを歩き去る。
 彩華に合わせるように正志も歩き出していたため、その男は夕焼け堂の前で一人立ち尽くすこととなった。
 それから三人でレンガの通りをしばらく歩いたあと、カオルは後ろを振り返り、先ほどの男が見えなくなったのを確認してから彩華に言い出した。
「さすがに、さっきのはひどくないか?」
「はぁ? カオルって、もしかしてバカァ? こないだ痛い目にあったばっかりでしょ」
 彩華は憎々しげな気持ちを、顔だけでなく声にもはっきりと表している。
「確かにそうだけど、サラリーマンみたいな──」
「はぁ? カオルって、ほんとのバカァ? どう見てもチンピラでしょ、チ、ン、ピ、ラ! 正志もそう思うわよね」
「チンピラかどうかはわからないけど、何か変な感じはした」
「ほら! 正志もチンピラに見えたって言ってるじゃない」
「いや、正志は言ってないだろ」
「とにかく! わたしはね、あのての人間には金輪際関わらないって、そう決めたの!」
 彩華にぴしゃりと言い切られて、カオルは何も言えなくなった。

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