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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第八章 追跡者 5

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 まあ、地図にあった場所は裏通りの奥まった所だったし、彩華の言う通り、関わらなくて良かったのかもな。あの人、どことなく陰気な感じもしたしな。
 そう思い、先ほどの男の姿を思い浮かべたカオルは、何やら不安な気分になってくる。喫茶店で正志がした話の影響もあるのか、あの男がカオルたちのあとを付けてきて監視しているような、嫌な感じがカオルを襲う。それは背中にはり付いた悪寒のような感覚だ。
 カオルはその背中の感覚がどうしても気になり、ふと背後を振り返った。
 明るいレンガ通り。学生や買い物客がまばらに歩いている。普段通りの光景だ。先ほどの男はどこにもいない。
 カオルは安心して、ふうっと大きく息を吐きながら前を向く。
「ん、カオル? どうかしたの?」
「いや、なんでもないんだ、彩華。なんか後ろが気になってさ。でも、何もなか──」
 カオルの心臓が跳ね上がった。
 となりを歩く彩華の横の『それ』を見た瞬間、驚きと恐怖が同時にカオルの全身を駆け抜け、続く言葉を言うことができなかった。
 一瞬であわ立った全身の肌から冷や汗が吹き出したカオルは、『それ』に映ったものを確認するべく、もう一度背後を振り返ろうとした。その時。
 肩に衝撃を受けたカオルは、彩華とは逆側へ反射的に振り向いていた。
「振り返らないで!」
 鋭い声とともに、正志の真剣な顔がカオルの視界に飛び込んできた。正志の手はカオルの肩にふれている。恐らく正志もカオルと同じく、『それ』を見たのだろう。正志も見たとなると、カオルの見間違いという可能性はもはやない。
「カオル、おれたちが気づいたって、さとられない方がいい」
「あ、ああ、……そうだな」
 彩華の横に見た『それ』にも、今の正志の声にも激しく動揺したカオルは、ただそれだけしか答えられなかった。かすかに震える足が止まらずに歩き続けているのは、となりを歩く正志が立ち止まらずに歩いていてくれるからだ。
 そのカオルの動揺ぶりと、正志の鋭い声に、彩華も異常事態だとわかったのだろう、困惑した顔でおびえるような声を出した。
「な、何があったの?」
「彩華も後ろを振り返らないで、そのまま聞いて。今、おれたちは付けられてる。さっき道を聞いてきたあの男に」
「…………」
 ぎょっとして何も答えらない彩華に正志は説明を続ける。
「さっき通り過ぎたところに、カーブミラーがあったんだけど、それに映ってた。カオルも見たようだから、間違いない」
「……偶然、同じ方向だっただけじゃ──」
「彩華、多分それはないよ。かくれるようにしてたし、黒スーツの他にも二人、やくざ風の男がいた」
「で、でも、どうして? まさか、わたしが道を教えなかったから? その程度のことでつけて──」
 そこで言葉を切らした彩華は、手に下げた学生かばんを見た。そこには、先ほど喫茶店でカオルたちに見せた例の文書が入っている。強化人間の開発プロジェクトに関する書き込み。すぐに削除されたため極秘情報の可能性もある書き込み。それが入っている。
 彩華の顔から血の気が引いた。
 黒スーツの男がその極秘情報をうばいに、あるいは消しに来たのかもしれないと、カオル同様に彩華も考えてしまったのだろう。
 三人は何も言えないまま歩き続ける。くつがレンガを打つ音が、かつかつとやたら大きく響く。
 だが、そんな時でも、正志は冷静に打開策を考えていた。
「原因を考えるのはあとにしよう。とにかく、今は逃げ切ることだけ考えよう。よし! その十字路を右に曲がろう」
「……右? 右は薪負い公園よ。家とは反対方向だわ」
「だから右なんだよ」
 正志はどんな時でも機転が効く。得体のしれない連中に自宅の場所を知られないためのとっさの知恵だろう。カオルも彩華もすぐに正志の思惑を理解した。
「それじゃあ、右に曲がって、この通りから見えない位置まで歩いたら、薪負い公園まで全速で走るよ」
 カオルと彩華はうなずいた。それから何食わぬ顔で右に曲がった三人は、道路の真ん中に書かれた『止まれ』の道路標識の前、停止位置を表す白線に差しかかった瞬間、寸分狂わず同時に走り出した。

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