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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第八章 追跡者 6

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 スタートの銃声でいっせいに走り出す徒競走の選手のごとく、全力で走り出したカオルたち三人は、細めの道を横一列になって疾駆する。
 一人は野球部のエー スであり断トツに早いと思いきや、残りの二人も離されることなく並走する。黒いポニーテールと、灰色のプリーツスカートを風になびかせ華麗に走る高嶺彩 華。抜けきらない体の痛みに顔をゆがめながらも必死に頑張る谷風香。短距離走のアスリートのごとく、洗練された走りで余裕を見せる地藤正志。三人が三様に 通りを疾走すると、ゴミをあさっていたカラスがあわてて飛び立ち、前を歩いていた野良猫が全速で裏路地に逃げ込んだ。
 そのまま三人は通りを走り終え、その先にある緑豊かな薪負い公園に入り込んだ。
 だが、そこで信じがたいものを見た。
 表情が一瞬で凍りついた三人は、あわてて方向を変える。
 瞬間、ももに痛みが走ったカオルが顔をゆがめた直後。
 視界に迫った灰色の地面に思わず目をつむったカオルは、全身に強烈な痛みと衝撃を受け、苦しみのうめきをもらす。
「カオル!」
 彩華の叫びが聞こえた。だが、自分の身に何が起きたか理解できていないカオルは、今見たものから逃げなければとあせるが、痛みと衝撃で体が固まって動け ない。冷たい地面みたいなものが体の正面にあるのを感じるだけだ。
 公園に入って目の当たりにした信じがたい光景。
 抜き身の刃物を持った二人の男が、前方から迫ってくる光景。
 そのやくざのような姿の二人から、今すぐ逃げな ければ命に関わるのに。
 人が近づく足音が頭の上から聞こえた。
「立てる?」
 土のにおいと一緒に、彩華の声をすぐ近くに感じた。今の足音は彩華のもののようだ。
 カオルはゆっくりと目を開けた。すると、踏み固められた砂と土が眼前にあった。その少し先には、盛られた土に緑の芝生が植えられている。どうやら、カオ ルは、薪負い公園の歩道の上で、腹ばいに倒れているようだ。
 そこでやっとカオルは理解した。前から来る二人に驚き方向転換した際、激しく転倒したことを。
「ほら、急いで!」
 しゃがんだ彩華が手を差し伸べてきた。少し先には正志もいる。だが、正志は別の方向へ厳しい視線を向けている。
 その方向から、駆けて来る足音と一緒にいかつい声が響いた。
「逃げるんじゃねぇ!」
 カオルは声のした方を見た。
 刃物を構えた男が二人、十メートルほど近くまで駆け寄っていた。
「おい、そこのアマ、大人しくそいつを渡してもらおうか」
 その言葉を聞いて、カオルは彩華のかばんを見た。
 ……まさか、ほんとにその資料なのか? こんなやくざ者を使ってまで、回収するような重大な情報だったのか? 強化人間って、いったい……
「早くしろやぁ!」
 もう片方の男が怒鳴り散らした。
 空気を振るわせるような大声で、カオルに手を差し伸べたままの彩華は、びくりと反応した。一気に緊迫感が増した空気の中、彩華はその二人の方を振り向く と、ゆっくりと立ち上がる。
 そこへ、後方から声が届いた。
「ダイゴ! 怪我をさせてはいけませんよ」
 先ほど道を聞いてきた黒スーツの男だ。レンガ通りで一緒に尾行していた二人の男を従えて、カオルたちが来た方向から走ってくる。
「ちす! 兄貴!」
 刃物を持っていた二人はそれをしまい、きびきびとした動きで黒スーツの男にあいさつをする。それから、黒スーツたち三人がそばまで来ると、その後ろにひ かえた。会話や立ち位置からみて、やはりこの黒スーツの男が一番えらいのだろう。
 その黒スーツの男が口を開いた。
「若いもんが失礼しました。クライアントがどうしても今日中にとおっしゃるもので、こいつらも気負ったのでしょう。ですが、これが我々の仕事でしてね。そ れでは、お嬢さん。引き渡して頂きますよ」
「…………」
 彩華は無言のまま学生かばんを開け始めた。
 その彩華の後ろで、カオルはなんとか上体を起こしながら思う。
 そうだ、彩華。そんなもの渡してしまえ。そんな情報なんかのために、やくざものと関わるなんてごめんだ。
 男たちが疑うような表情をする前で、彩華はかばんの中から取り出したファイルケースを黒スーツの男の足もとに放った。だが。
「何の真似ですか?」
「あんたたちが探してるものは、その中にあるわ」
「…………」
 黒スーツの男は沈黙した。その後ろの四人の男たちは面食らっている。しかし、すぐにあやしむように仲間どうしで顔を見合い、その直後、怒りが爆発したよ うな大声を上げる。
「なめてんのか、こらぁ!」
「たいがいにしろやぁ!」
 二人が険しい顔で歩き出した。
 が、黒スーツの男が片手を上げて、素早くその二人を制した。それから、彩華に目を向ける。彩華はびくつきながらも必死に気丈な表情を保っている。
「お嬢ちゃん、冗談を言っちゃいけませんよ」
「……じょ、冗談? だ、誰も冗談なんて言ってないわ! 強化人間の情報はそれに入ってるわ!」
「…………」
 黒スーツの男はまたも沈黙した。だがこの時、強化人間という単語に黒スーツの男がわずかに反応し、ひとみが鋭く光るのをカオルは見逃さなかった。
「なるほど……。お嬢さんはどうやら誤解しておられるようだ」
「……な、何? ま、まさか、その情報だけじゃ、ダ、ダメだって言うの?」
 彩華が顔を青くしながら言ったのに対し、黒スーツの男はファイルケースに視線を向けた。
「違いますよ。我々が探しているのはそれではなく……」
 男は鋭い視線で彩華を見た。
「あなたの後ろの少年ですよ」
 ──なんだって!
 歩道にすわったまま、カオルは目を見開いて正志を見た。同時に、激しく驚いた正志もカオルを見たため、すぐに視線が会う。冷静な正志にはありえない動揺 振りだ。それでカオルは直感した。
 正志! おまえはやっぱり、強化──
「丁重にお連れしろ!」
 黒スーツの男が言い放った。
 反射的に男たちの方を振り向いたカオルは、彩華が驚きで開いた口をおさえている後ろに、すでに走り出している四人の男たちを見た。
 ──まずい!
 カオルはとっさに歩道の砂を右手でつかむと、空気を切り裂くように曲線を描いた。
 ひるがえったカオルの手。そこから放たれた無数の砂が、つぶてとなって男たちの目に襲いかかる。
 砂が跳ね返る細かい音を立てたその一撃は見事な奇襲となった。
 目にまともに砂をくらい、男たちはたまらず立ち止まる。
 だが、目をおさえ、いったんは立ち止まった男たちは、激しい言葉を口々に叫ぶと、またも迫り来た。
 その様を、カオルは左手を突いて立ち上がりつつ見ていた。
 ちっ、もう一発!
 今度はその左手で大量の砂をかき集め、さらにつぶてをお見舞いする。
 砂煙が舞うほどの強烈な一撃。
 この一撃も男たちの顔面をまともにとらえた。すると、さすがの男たちも、今度の大量の砂はこらえ切れず、完全に足を止めた。
 そのすきをカオルは見逃さない。
「彩華! 正志! 逃げるぞ!」
 驚いている彩華の手を取り、何とか走り出していた正志の背を叩いたカオルは、道など関係なしに緑の芝生の上を走りだした。そして、走りながら後ろを振り 返り、立ち止まった男たちが腕で目をこすっているを確認したあと、彩華の手をさらに強く引き、走る速度を上げるのだった。

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