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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第八章 追跡者 8

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 弟を説教するお姉さんのように、彩華はそんな二人に言い聞かせる。
「今はそんなことで言い争ってる場合じゃないでしょ。どうやって──」
「カオルくぅーーん!」
 突然上がった大きな呼び声に、三人は、はっと身構えながら振り返る。
 しかし、その遠くからの呼び声は、愛らしさあふれる可愛い声だ。緊迫感みなぎるやくざの怒鳴りとはほど遠い。
 カオルたち三人はまったく事態がつかめない。頭がからっぽになったような間抜け面で、声がした境内をじっと見る。すると、変わった格好をした女の子が、 ひょこひょこと走って来るのが見えた。
「あっ! やっぱり、カオル君です!」
 カオルと目が合ったその女の子は、やたらうれしそうな声を上げると、大きく手を振り始めた。その格好に気を取られ気づくのが遅れたが、それはカオルの よく知る女の子だった。月島奈々美である。
 大声で名前を呼んだあとに本人かどうか確認する奈々美の行為に、誰一人突っ込まなかったのは、突然の事態に思考が追いつかなかったためか、それとも奈々 美の格好に気を取られたためか。
「あっ、彩華さんもいらしたんですね、こんにちは。おとなりの方は、お友達ですか?」
 そばまで駆けてきた奈々美は、明るく朗らかな顔で言った。
 カオルは戸惑いながらも何とか口を開く。
「……えっ、そ、そうだけど、奈々美さんはどうしてここに?」
「薪負い神社で、巫女さんのアルバイトを始めたんです。それでですね、今日は神主さん夫婦が旅行なんで、わたし一人で留守を任されたんです。お給料、とっ ても弾んでくれるんですよ。ふふふ」
 奈々美はにこやかに笑った。白い小そでに紅のはかまという変わった格好は、巫女のアルバイトのためだった。なにも、人気のない神社で、一人巫女さんごっ こをしていたわけではないようだ。いくら見た目が中学生ぐらいでも、中身は大学生だということか。
「それで……そのぅ、カオル君。こ、この服は、に、似合いますか?」
 奈々美は恥ずかしそうに顔を赤らめ、上目づかいでカオルに聞いた。
 アルバイトなんだから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに、と思ったカオルだが、見て感じたままを答える。
「ええ、とっても似合ってますよ」
「ほんとですか! よかった! カオル君にそう言ってもらえて、とてもうれしいです!」
 奈々美はお日様のようなよろこびを見せた。その直後、大声が張り上げられた。
「おい、いたぞ! こっちだ!」
 カオルたち四人はぎくりと驚き振り向いた。
 神社の入り口の方だった。五十メートルほど離れた鳥居のところで、がらの悪い一人の男が発した声だった。それから、その男の後ろに、さらに別の男がぞろ ぞろと現れ始めた。すご味のある顔に加え、木刀や警棒といった物騒なものをそれぞれ手に持っている。
 一気に緊張が舞い戻ったカオルたち三人と、状況がわからずにほうけ顔の奈々美。
 その奈々美に、彩華が張りつめた声で言う。
「奈々美ちゃんごめんなさい! わたしたち、今すごく大変なの! だからもう行くわね。また今度ゆっくりお話しましょう!」
「えっ? えっ? えっ?」
 奈々美はまったく意味がわからないようで、混乱したように彩華と男たちを交互に見た。
 そこへ、男たちの方から大声がさらに届く。
「おい! 女が増えてるぞ!」
「ああぁ、増えてるだぁ! 女に用はねぇ、にるなり焼くなりお前らの好きにしろ!」
 言うや否や、男たちがいっせいにこちらへ走り出した。
「ひえっ! そんなぁ!」
 奈々美はおびえきった声を上げた。完全に青ざめている。
 その奈々美に横から彩華が言った。
「じゃあまたね、奈々美ちゃん!」
「ま、ま、待って下さい! おっ、置いてかないでください! た、助けてください!」
「巻き込んじゃうわ! 危険よ!」
「で、で、で、で、でも!」
「彩華、もう巻き込んでる。奈々美さん、一緒に逃げましょう!」
 カオルはそう言って、ぶるぶる振るえる奈々美に手を差し出す。
 すると奈々美は、その手を両手で握りしめ、たましいを 込めたような声で言った。
「あ、ありがとうございます! このご恩は一生忘れません! わたしの生涯をかけてお返し致します!」
 そうして、カオルたち四人は男たちから逃げるように走り出した。
 だが。
 カオルたちは驚きとともに立ち止まった。
 なんと、カオルたちが向かおうとした拝殿の方向から、一人駆けて来る人がいるのだ。
 薪負い神社は木製の高いさくで囲まれてお り、外に出るには鳥居を通って正面に出るか、拝殿の横を通って奥に出るかしかない。その鳥居の方から武器を持った男たちが、拝殿の方から別の誰かが走って 来ているのだ。
 はさみ撃ちに会い、逃げ場が無くなったカオルたちはあせりまくった。
 しかし、なんと、拝殿の方から来る人物は女性だった。黒のスパッツと白のタンクトップに白いランニングシューズをはいている。ジョギング中なのだろう。 そして、さらに驚いたことに、その人物もまた、カオルがよく知る人物だった。
 とてつもなく魅惑的な体を見せつけるように、軽快に走ってくるその人物は──
「景子先生!」
 カオルが大きな声で呼び、景子の方へ走り出すと、残りの三人も同様に走り出した。
 あわてて駆け寄るカオルたちと、武器を手に追いかける男たちを見て、景子はすぐに異常事態だとさとったようだ。険しい視線で男たちをにらみつけながら、 ジョギング中なのに持っている、あのショルダーバッグに右手を忍ばせた。
「谷風君、これはどういうことかしら?」
「おれたちにも、わからないんです!」
「──そう言ってるけど、うちの生徒が何か問題でも起こしたのかしら?」
 景子はカオルたちの前に出て、男たちに話しかけた。だが、会話に応じることなく駆け寄ってきた男たちは、カオルたちを遠巻きに取り囲む。一、二、 三、…………、ざっと六人。木刀や警棒などの獲物をそれぞれ手に持っていて、中にはスタンガンを持っている者もいる。高圧電流で相手を気絶させる道具だ。
 緊迫した顔付きの男たちを見て、景子も緊迫感をただよわせると、抜刀直前の剣士のように腰を沈めた。
「話し合う気はまったくないみたいね。何をしでかしたか知らないけど、取り返しが付かないことに巻き込んでくれたわね」
 そこへ、殺気立った男がさらに数人駆け寄って来た。
「クソガキァ! さっきはやりやがったな!」
「おい! 女はやってもかまわねぇ。サツにも裏は通してある。だが、男は絶対殺すな! 生きたままつかまえろ!」
 この激怒しながら走って来た数人は、さっきカオルに砂を食らった連中だ。もう駆けつけて来たのだ。だが、一番話の通じそうだった黒スーツの男はいない。

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