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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第八章 追跡者 9

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 その男たちの会話を聞いて、さらに表情を険しくした景子が、男たちから目をそらさずにカオルに言った。
「警察ともつながってる……本気でかかって来るわよ。谷風君、それに地藤君だったわね。二人で、鳥居のところまで突破しなさい! わたしは後ろを──」
 瞬間、景子は右手で虚空を切り裂いた。
 直後に、一人の男の顔が横に背け、切れたほおから血しぶきが飛ぶ。
 その男は、ほおをおさえて身をかがめると、後方へ退いて行き、包囲の輪から外れた。
 話の途中で近寄ろうとしたその男の顔を、景子はバッグからムチを抜き放ち打ちつけたのだ。
 その居合斬りのような一撃を放った景子は、男たちが驚きで固まる前で素早く構えを取り直すと、カオルと正志に厳しい口調で言いつける。
「商店街まで出れば、人が大勢いるわ! 早くやりなさい!」
 その言葉を聞いて、カオルと正志は瞬時に顔を見合い、無言でうなづき合うと、同時に走り出した。
 まるで大地を駆ける二匹のおおかみのごと く、力強く敷石をり鋭く加速した二人は、 景子の一撃を目の当たりにした男たちが、緊張の中にわずかなあせりを見せているところへ襲いかかる。
 はっとして警棒を振り上げる男。だが、その男の腕が上がりきる前に一気に迫った正志は、角張ったあごをこ ぶしで鋭く撃ち抜いた。
 最速140キロオーバーを投げる右腕による正拳は、高速で走り込む勢いにも加速され、鈍い音を生じながら男のあごを砕くと、かけた歯を鮮血とともに空中 に飛び散らせる。
 だが、拳を振り切った正志が体勢を立て直すところを、怒りをあらわにした別の男が木刀で殴りかかった。
 とたんに、その男は折れ曲がって横へ吹っ飛んだ。
 そして、別の男ともつれ合って倒れ込むと、わき腹をおさえながらはいつくばる。
 正志にわずかに遅れて駆けつけたカオルが、走る勢いを殺さずに、その男のわき腹に横蹴りを叩き込んだのだ。
 だが、正志はそれらには一切気を留めず別の男に襲いかかる。カオルの動きとその男の末路を、あらかじめ知っていたかのようだ。そして、カオルも、正志の 行動をわかっていたかのごとく、正志の背後を素早くフォローする。
 カオルと正志の息は完全に合っていた。
 正志が飛び出す時は、その背中をカオルが守り、カオルが仕掛ける時は、そのすきをうかがう男たちを正志がけん制する。
 二人の戦い振りは、まるで生まれた時からともに戦ってきた狼の兄弟のそれだ。お互いの戦い方を本能で知っていて、相手の命を自分の命のごとく守り合う。 十匹ほどの野犬の群れに囲まれながらも、果敢に戦う二匹の狼の兄弟だ。
 集中力が高まって、すでに視界が白黒に切りかわっているカオルは、正志に背中を預けて戦いながら、心に何かを感じていた。
 カオルの心の中に熱い何かが確かに存在する。これが友情なのだろうか。この感覚を正志も同じように感じているのだろうか。それはカオルにはわからない。 でも、この正志となら、ここを必ず突破できる。カオルはそう思い、希望が芽生え始める。
 そして、そのカオルと正志が戦う後ろ。
 彩華と奈々美が寄りそって、カオルたちを見守るそのすぐ後ろで、女戦士さながらに、景子も勇ましい戦いを演じていた。
 激しい演舞をおどっているかのごとく、景子は大きく踏み込み体を素早く回転させては、腕を縦横無尽に駆けめぐらせる。景子の意のままに操られる黒いムチ は、激しくうなり振るえて景子の周囲を飛び回る。幾羽もの黒いツバメが景子を守るように舞飛んでいるようだ。そのツバメたちは、男の接近を一切許さず、近 寄る相手に飛びかかり血祭りに上げる。
 獅子奮迅の戦いをするカオルと正志と景子。だが、それでも相手は屈強な男たちで、その数も多い。男たちは鳥居の方へ後退しながらも、カオルたちと一進一 退の攻防をくり広げる。
 その鳥居の方から、相手の増援らしい数人の男が新たに現れた。
 一人は先ほどの黒スーツの男だ。そいつが若い男たちを連れて来たのだろう。だが、なんと、その若い男たちの中には思いもよらない男がいた。
 胸を貫かれたかと思うほど、カオルは強烈に驚いた。
 そのあまりの驚きで、動作が完全に止まってしまった。
 見開いたカオルの目は、若い男たちの中の一人にくぎ付 けにされている。
 その目に写る景色は、集中力の高まった無色白黒から、今は完全に有色に戻っていた。
 カオルの急変に正志は動きを止め、ついで相手の男たちも動きを止めたが、カオルはそのことに気づく余裕などない。激しく鳴り出した心臓の鼓動の痛みも、 一気に吹き出した汗の冷たさも感じていない。
 カオルが驚きで見つめるその人物は、カオルを憎しみの目でにらみながら仲間と一緒に歩いて来ると、包囲の輪に加わり、けものが敵にうなるような声で言っ た。
「また会ったなぁ、谷風」
「ど、どうしてここに……」
「テメェとやり合うためになぁ、わざわざ組に入ってやったんだ、ありがたく思え。だが、こんなに早くやるチャンスが来るとはな……ガッコーやめたかいがあ るぜ」
「…………」
 何も言えなくなったカオルは立ち尽くすだけだ。
 今のカオルの心には、先ほど戦っていた時の熱い感情は完全に消えていた。あるのは恐怖だけだ。今現れたその男に対する絶大な恐怖だけだ。
 その恐怖でかすかに震えるカオルは、混乱しかけた頭で考える。
 く、組って、暴力団のことか? おれとやり合うために、暴力団に入っただと? そのために学校をやめただと? こ、こいつ、正気なのか? ……いや、ど う見ても正気だ。本気で言ってやがるんだ、こいつは! ……て、ことは、まさか、おれたちが今日襲われた原因はこいつなのか! 全てはお前の仕業なのか、
 ──鮫口龍二!

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