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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第八章 追跡者 11

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 ま、正志……お前、み、右腕……野球部の……エースのお前が……右腕に……
 気が動転するカオルに、怒鳴り声が飛び込んだ。
「龍二! 男はやるなと言っただろう!」
 黒スーツの男だ。その男はすぐに指示を出す。
「お前ら! 突っ立てないで、早く男をとらえろ!」
 すると、カオルと鮫口のやりとりを静観していた男たちが、お互いに顔を確認し合い、カオルたちに向かっていっせいに駆け出す。だが、うなりを上げて飛来 したムチが、出ばなをくじくように一人の男の腕をしたたかに打ちつけた。男の手にあったスタンガンが地面に落ちる。
 そのムチを引き戻した景子が、カオルに向き直り、厳しい口調でしかりつけた。
「谷風君、何してるの! 早く立ち上がりなさい! あなたがやられれば、みんな──きゃあ!」
 突然、短い悲鳴を上げた景子は、全身をがくがくと激しくけいれんさせると、ムチを取り落とす。
 それはあまりに突然の出来事であり、カオルたちどころか、男たちも何が起きたかわからない。その場の全員が驚きの目で見つめる中、数秒間全身をけいれん させた景子は、そのままどさりと崩れ落ち、まったく動かなくなった。
 カオルはかたかたと震えるだけで、一切動くことができなかった。
 鮮烈な倒れ方をし、この場の空気に静か過ぎる緊迫感もたらした景子。
 その倒れた景子のすぐ後ろ、そこには小さな人影があった。
「はい。それ返すわ」
 透き通ってはいるが、まだ幼さの残る少女の声でそう言って、ぱちぱちと静電気が弾けるような音を、手の中で出していた物体を投げた。
 その投げられた黒い物体は、両腕を抱いて振るえていた奈々美の前を通過し、びくりと大きく反応させたあと、空中に曲線を描いて境内の砂利の上に落ち、ざ くりと音を立てた。
 黒い電気カミソリのようなその物体。それはスタンガンだ。しかも、それは、ついさっき男の手から落ちて、今あるその場所にあったはずのスタンガンだ。
「ああ、そうそう……」
 まるでただの通行人のように無関心に歩き出していたその人物が、今思い出したことを付け足すような感じで振り向いた。白い肌によく似合う青いひとみは、 倒れている景子を見ている。
「その女、ちゃんとおさえておきなさい。ノーマルのくせにかなり強いから、あんたたちじゃ勝てないわよ」
 言い終えると、向き直って歩き出す。
 頭の両わきで束ねられた髪が、きらきらと黄金の輝きを放って風になびき、黒いスカートのすそが、たくさんのフリルをゆらしてふわりと舞い上がった。
 その少女は、多めに見てもせいぜい中学生にしか見えない。だが、歩きはりりしく、研ぎすまされている。ひざ上まである黒いくつ下と、黒いくつをはいた細 い足が、軽快に敷石を叩き澄んだ音を響かせる。
 突然現れ、スタンガンで景子を倒したのはこの少女だ。ゴシックロリータ系の黒いワンピースを着て、つややかな金髪をツインテールにした、この白い肌の少 女だ。
「ほら、動き出しても知らないわよ」
 少女は、今度は振り向かずに言った。すると、少女に気を取られていた男たちは、意識を取り戻した景子と、その横にいる奈々美をあわてて取り押さえる。
 カオルは、彩華に背中を支えられていても、未だ立ち上がれない。ぼやけた視界でその光景を見るしかできない。果てしない喪失感に襲われ、かたかたと振る えると、そのゆれが彩華の手に伝わった。
 そのカオルに向かって声が届いた。
「制御機構稼働後の機能不全は存在するようですね」
 意味のわからない台詞は、少女が向かう先から聞こえた。
「所せん、試験段階の未完成品だということですか。ですが、試作品ゆえに、未知の部分も多い」
 カオルは声のする方へ振り向いた。鮮明さが戻り始めた視界に、歩いてくる二人の男が映る。
 その片方が、明らかにカオルに向かって話しかけた。
「おや、まだブラックアウトから抜けられませんか? すでにグレイアウトまでは回復してると思うのですが。……まさか、平常状態への移行に失敗したという ことはないですよね?」
 灰色のビジネススーツを着たその二人は、少女がそばまで来ると、男たちの囲いの外で歩みを止めた。カオルに話しかけている眼鏡の男は四十才ぐらい、その となりの秘書風の男は三十才ぐらいだ。どちらも見覚えのない顔だ。
「……誰だ」
「始めまして、さく……いえ、谷風カオル君。わたしは、脳機能抑制集中制御機構開発プロジェクト、臨床班主席研究員、青浦茂です」
「……ノウキノウ……開発プロジェクト?」
「おや、ご存知ありませんか? それとも、言い方を変えれば理解して頂けますかな?」
 その男が片手で眼鏡を直すと、ずる賢そうなひとみが鋭く光った。
「──強化人間開発プロジェクトと──」

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