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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第十章 邂逅かいこう 6

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 両開きの扉から外へ出た詩織へ、突然ナイフを突きつけ、首を腕で後ろから押さえ込んだのは、この事件の黒幕、青浦茂だった。
 かすかに震える詩織とは対照的に、青浦は落ち着き払って言った。
「それは愚問です、桜川博士。わたしはあなたにお礼が言いたくて、わざわざ訪ねて来たのです」
「……お、お礼?」
「ええ、お礼です。わたしの計画を邪魔してくれたことへのお礼です」
「機密の密売を阻止するのは、プロジェクトの一員として──」
「だまれ! えらそうに講釈するんじゃねぇ! お前のせいで、わたしの人生は何もかも滅茶苦茶なんだよ! だから、そのお礼に殺してやるって言ってんだ よ!」
 大声を上げた青浦は、だが、すぐに気持ちが落ち着いたのか丁寧な口調に戻った。
「ですが、安心して下さい。今すぐ殺したりはしません。わたしの人生をこわした代償が、あなたの命一つではつり合いがとれませんからね。なので、あなたに は、死んでもらう前に面白いショーを観て頂くことにします。──入って来なさい」
 青浦は、誰もいない玄関へ向かって呼びかけた。
 そこへ現れた人物を見た瞬間、カオルは驚きのあまり言葉をもらした。
「……どうして、お前が……」
 とても体格の良いその男は、歩みを止めて仁王立ちすると、太い腕の先でこぶしを 力強く握りしめた。
 先ほどと同様に、服は砂や土で汚れ、胸もとには血まで付いている。だが、なぜか今は赤くも青くもはれていない顔は、落とし切られていない血と砂の下に、 怒りと自信ををたたえていて、鋭い目でただカオルだけをにらんでいる。
 そこに現れた人物。それは、薪負い神社でやくざ仲間の制裁を受け、ぼろぞうきんのようになって意識を失った人物。現実どころか悪夢の中にまで現れ、異常 なまでの執着心でカオルに付きまとう男──鮫口龍二だった。
 またしても目の前に現れた鮫口に、カオルは底知れない恐ろしさを感じた。
 そして同時に、怪我が一切見当たらない鮫口の姿に、奇怪な気持ち悪さも感じた。
 青浦は、ナイフで詩織を人質に取ったまま、壁を背にゆっくりと室内へ移動し、カオルたちから離れる。その間に、廊下の奥から、桜川家の使用人が何人か現 れたが、制止を指示する中久の視線で廊下に立ち止まり、玄関広間には入ってこない。
「桜川博士。あなたに観て頂くショーとは何だと思いますか?」
 ある程度の距離を取った青浦は聞いた。だが、詩織が答える前に高らかに告げた。
「それは、彼とカオル君の命がけの格闘です!」
「カ、カオルは関係ないわ!」
「あなたの愛する息子である以上、関係あるんですよ。くくくっ」
「お願い、やめて! わたしたちの確執に、カオルを巻き込まないで!」
「……いいでしょう」
 青浦は意外にもあっさりと受け入れ、拍子抜けする詩織に言った。
「桜川博士は、二十年近く同じプロジェクトで仕事をしてきた同志です。そのお願い聞いて差し上げましょう。ただし、ただでと言うわけにはいきません」
 眼鏡の奥でひとみを光らせ、青浦は言い放つ。
「──アマト再現計画──」
 詩織のひとみも鋭く光った。困惑やおびえは一瞬にして消えさっている。
「あの計画に関する全ての資料を渡して下さい。ああ、白を切っても無駄ですよ。強化人間開発の裏で、あなた方が密かに計画を進めていることは知っていま す」
 詩織は険しい表情のまま無言だ。だが、青浦は構わずに続ける。
「現在、当たり前のように広まり、当たり前のように教えられている自然人類学。ですが、この学問が愚かな大衆をあざむくための壮大なまやかしであること は、わたしも気づいていました。その目的が、人類進化における最大のミッシングリンク『不可越の壁』を大衆からかくすためだと言うことも。そして、それら のカギを握ると言われているアマト。まさか人類の知性でもってそのアマトを再現しようなどとは……ふっ、まるで夢物語のような話です。ですが、すでに計画 を進めているとは、さすがは天才科学者、桜川詩織です」
 表情を厳しくした青浦は、詩織ののどにさらにナイフを近づけた。
「あなたが書いた、アマトに関する全ての論文と、実験計画書から基礎実験、応用実験にいたるまでの、全ての実験データを渡して下さい。どこに保管している か知りませんが、信頼警備保証さんでも、それだけは見つけられなかったんですよ」
「……警備会社を買収してたのね。それでカオルの居場所も……」
「くくくっ。その通りです。次からは、本当に信頼できる警備会社を使うことです。今のままでは、家にカギをかけてないのと同じですよ」
 簡単に詩織の屋敷に侵入できたのはそういう理由があったようだ。
「ああ、それともう一つ。警察に働きかけて、わたしの指名手配を解除して下さい。高跳びできなくて、困ってるんですよ。大丈夫、今ならまだ間に合うはずで す。その二つをして頂けるのであれば、可愛い息子さんの命はもちろん、あなたの命も助けて差し上げますよ。どうです、悪い取引ではないと思いますがね、く くくっ」
 青浦は、何の迷いもなく二つの条件を言った。恐らく、初めからその二つが目的でここへ来たのだろう。

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