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暗闇のカオルと
閉ざされた記憶
第十章 邂逅 8
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鮫口の行動に未だに驚きが抜けきらないカオルたち。だが、興奮冷めやらぬ鮫口は、さらにとんでもないことを口にした。
「ほ、ほんとに、すげぇーぜ! これが、強化人間の力かよ!」
カオルはさらなる驚きに打たれ、全身がかたかたと震えだす。
──きょ、強化人間だと! ま、まさか……鮫口がか? ば、ばかな、神社ではそんなんじゃなかったぞ!
対照的に、ほっとしたような顔の青浦が言った。
「き、君ですか……ふう、助かりました。ですが、どうやら問題なく機構が発動しているようですね、感謝して下さい」
「ああ、あんたには、マジで感謝するぜ!」
鮫口は視線を自分の手からカオルへ移した。
「谷
風ェ。まさか、テメェが薬で強化人間とかいう怪物になってたとはなぁ。まともにやったら勝てねぇからって、母ちゃんに強くしてもらってたとは、汚ねぇヤツ
だぜ。だがなぁ、おれも同じ力を持った今、もうテメェにやられることはねぇ。同じ条件でおれがテメェに負けるわけがねぇからなぁ!」
「さ、鮫口……お前、強化人間に……」
カオルは、鮫口や青浦の話から、わずか一時間ぐらいの間に鮫口が強化人間になったことを確信した。
「谷風がありえねぇ速さで退院してきて、人間じゃねぇみてぇに強くなってやがったのには、こんな裏があったとはなァ」
「た、退院してきて、強くなってた? な、なんのことだ?」
「ああぁァ、何すっとぼけてんだぁ! 中一ん時のお礼参りのことだ!」
「…………」
まったく覚えのないカオルは沈黙した。
鮫口はその沈黙でかなり頭にきたのか、顔を赤くして怒鳴り上げた。
「ザコが眼中ねぇフリして、すかしてんじゃねぇぞ、コラぁァ!」
それでも、覚えがないので答えようがない。
だが、詩織には心当たりがあったようだ。
「もしかして、カオルが力を暴走させた時のことを言ってるの?」
「……暴走?」
カオルがあやしむように聞き返すと、詩織は言った。
「カオルは一度、力を発現させ過ぎて、命を落としかけたことがあるわ」
「なんだって?」
「覚えてないのね。あれは、研究所を出た日だったわ。確か、二人の男の子が、暴走したカオルに重傷を負わされて入院したわ。──それが、君なのね」
鮫口は、ちっ、と舌打ちしてツバを吐き、視線をカオルへ向ける。
だが、詩織の言ったことで頭がいっぱいのカオルは、鮫口の怒りの視線など気づかない。
二人の男子……中一の時だから、鮫口と黒屋か? そうだ、多分間違いない。その二人に重傷を負わせた? おれが倒したってことか? ……そんなことした
覚え、まったくない。そうだよ、そんなこと、夢の中以外でやった覚えなんてない。……ん? ……夢の……中……?
カオルはついさっき夢みないな何かを見たことを思い出した。神社でやくざや強化人間の少女と戦うというものだ。けれど、それは夢ではなく、記憶はあいま
いだが現実のことだ。
同じように、記憶があいまいになることがここ最近何度かあった。奈々美と一緒に景子の屋敷を脱出したあと。早波川の河川敷で鮫口たちとけんかしたあと。
その時も同様だった。
そして、さらに詩織の言っていたことを思い出す。強化人間の力を使ったあとに意識障害と記憶障害が起こることを。景子の屋敷でも、河川敷でも、先ほどの
神社でも、カオルは強化人間の力を使った。だから、その後に意識障害と記憶障害を起こし、実際の記憶が夢のようにあいまいになっていたのだ。ということ
は、つまり、例の悪夢も……
──そういうことか!
感電したかのような衝撃が全身を駆けめぐった。
カオルは拳を強く握りしめ、自分のももを殴りつけると、天井をあおぎ見た。すると、その場の全員が無言でカオルを見つめた。鮫口、青浦、詩織、景子、彩
華、奈々美、そして、使用人たち。みな別々の表情を浮かべている。
カオルのやたら大げさな反応。だが、それも当然だ。全てをさとったのだから。そう、あの夢、カオルがたびたび見るあの悪夢。あれは、本当は夢ではないの
だ。現実に起こったことなのだ。だが、その時に強化人間の能力を使ったために、記憶があまりにもうすくなっており、カオルはずっと夢だと思い込んでいただ
けなのだ。
「……そういうことだったのか」
カオルは天井に向かってぼそりとつぶやいたあと、ゆっくりと鮫口の方を向いた。
青浦は、それを見て楽しそうな顔になると、以前としてナイフで人質に取っている相手、桜川詩織に言った。
「くくくっ、因果なものですね。わたしがたまたまアンプルを使った少年に、こんな過去があるとは。しかも、そのアンプル、何だと思いますか?──視覚型の
完成版です! あなたの息子と同じ視覚型です! さあ、どうしますか? アマトの資料を渡しますか? それとも、親子で一緒にアマノガワを渡りますか?
くくっ、ふははははっ!」
「…………」
詩織は何も答えない。ただ、厳しい顔をするだけだ。この世に一つしかない命。それも、自分自信の命と愛する息子の命。アマトとは、それら以上に大切なも
のなのだろうか。
青浦は余裕の笑みを消し大声を上げた。
「だまってないで、何か言いなさい! 本当に、息子を殺しますよ!」
かなり切羽つまった感じだ。その態度から察するに、青浦もかなり苦しい状況なのだろう。指名手配がかかった以上、もう彼らに未来などないのだから。それ
で、
こんなかけのような危険な行動に出てきたのだろう。だが、それ
でも詩織は無言だ。
すると青浦は、陰険さを顔いっぱいに表し冷たい声で言った。
「……わかりました。息子がなぶり殺されるのを見れば、少しは考えが変わるかもしれません。少年、さあやりなさい。谷風カオルをなぶり殺しにしなさい」
「言われるまでもねぇ」
鮫口は険しい顔に、にやりと笑みをにじませると、カオルへ向かってゆっくりと歩き出した。
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