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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第十二章 閉ざされた記憶 1

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 真っ白いまぶしさを感じ、小さなうめきをもらした。
 まぶたごしに伝わる明るさに、意識が少しずつ覚醒していく。
 温かい木綿のような感触が全身をおおっている。
 どうやらどこかに寝ているカオルは、ゆっくりと重いまぶたを開いていく。すると、透き通る七色の光が、突き刺すようなまぶしさで、ひとみに飛び込んでく る。
 まぶしさをこらえつつ、さらにまぶたを開くと、白い天井がうっすらと見えてきた。
「ここは、どこだ……」
 かすかにつぶやいたカオルの視界に、白い服に身を包んだ、長い黒髪の少女がぼんやりと写り込む。つややかなストレートの黒髪が光を反射し、きらきらと輝 いている。
 その少女はのぞき込むようにカオルの顔を見た。
「カオル?」
「……ああ」
「気がついたのね、カオル!」
 弾けるような明るい声だった。
 聞きなれたその声に、カオルは疑いつつも少女の名前を口にする。
「……彩華?」
「もう、ほんとに心配したんだから!」
 かなり興奮した声で少女は言った。
 だが、質問を無視されたカオルは、疑問を自分で解決すべく、横になったままの体勢で少女をじっと見つめ、目が順応するのを待つ。
「ん? どうしたの、カオル。……ああ、この髪ね。わたしも一応入院中だから、ポニテじゃないのよ」
 やはり彩華の声だ。髪型が違う理由も説明している。けれど、どこかきつねにつままれた感じがするので、自分の目で確かめるべくじっと見続ける。すると、 少しずつ鮮明に見え始める。
 白いカーテンで間仕切された空間に、窓から差し込むまぶしい陽光。病院で間違いないだろう。カオルはそこにあるベッドに横になっている。となりの椅 子いすでは、黒髪の少女が白い入院服に日差しをいっぱいに浴びてい た。髪を下ろしてはいるが、その整った顔立ちはまぎれもなく高嶺彩華だ。髪を下ろした姿も非の打ち所がない。
「今、やっと見えるようになった。間違いない、お前は彩華だ。おはよ」
「ふふふ、おはよ」
 ほほ笑んだ彩華を見ながら、カオルが上体を起こそうとした時だった。
 全身に走った激痛に、カオルの体は硬直した。
 体中の筋肉が引きつるような強烈な痛み。今までカオルが経験した中でも最大級のその痛みは、腹、胸、背中を中心に、腕や足にいたる全身を瞬時に駆け抜 け、暴れ回り、引きしぼる。
 そのあまりの痛さに、たまらずカオルは寝たまま横向きにうずくまり、そのまま一切動けなくなった。
「ちょっと、カオル? どうしたの?」
 彩華が心配の声を上げる。
 だが、カオルは反応できない。わけもかわらない。
 すこぶる良好だった体が突然痛みを上げたのだ。理由がわからなくて当然だ。だが、激しく引きつるような痛みは、今も体中のいたるところでうなりを上げて いる。カオルは全身に力を込め、かすかに震えながらたえるしかできない。
「カオル、大丈夫? カオル! カオル!」
 大声を上げた彩華だが、カオルが動くことさえできないのを見てあわてると、椅子から立ち上がり右往左往する。看護師を探しているのだろう。いきなりのこ とで、ナースコールの存在など頭から飛んでいるようだ。
 だが、そんな都合良く看護師がいるわけもなく、泣きそうな顔でどこかへ行こうとしたが、数歩踏み出したところで、やはりカオルのことを放ってはおけない と思ったのか、急いでそばへ戻って来る。
 そこへ、落ち着き払った声が響いた。
「彩華ちゃん、心配いらないわ」
 間仕切用カーテンの影から現れたのは藤宮景子だった。腕を組み、冷静にカオルと彩華を見つめている。
 しかし、そんな言葉だけでは彩華は落ち着けなかったのか、景子に駆け寄ると必死な声で訴える。
「ふ、藤宮先生! でも、カオルがこんなに痛がって──」
「それは多分、筋肉痛よ」
 彩華は果てしなく間抜けな顔になった。
 その間抜けな顔を十秒近く持続してしまったが、顔同様に間抜けな声をやっとのことで口にする。
「……筋肉痛?」
「そうよ、筋肉痛よ。体中の筋肉が急激な活動をしたから、全身が筋肉痛になるそうよ。詩織さんのことづてだから間違いないわ」
「……そう、筋肉痛なの」
 力の抜けた声で言った彩華は、椅子にぺたりとすわり込んだ。
 一方カオルは、痛みの原因が筋肉痛だと知り安心すると、無理にでも体の力を抜こうとする。そう、筋肉痛は力さえ入れなければ痛まないのだ。すると、あれ ほどひどかった全身の痛みがぱたりと止んだ。
「ほんとだ、筋肉痛だ。力抜いたら痛くない」
 それから、体の一部分だけに力を入れすぎないよう、のそのそと体を起こしていく。それでもあちこちに痛みは走るのだが、問題なく体を起こせそうだ。
「ちょっと、カオル! 筋肉痛なら、筋肉痛だって、始めに言いなさいよ。心配して損しちゃったじゃない!」
「んなことおれだって知らないって。イテテ……。そもそも、全身筋肉痛になるような、激しい運動した覚えないし。つうか、ここ、病院だよな? おれ、なん で病院のベッドで寝てるんだ?」
 痛がりながらも体を起こしたカオルを、彩華と景子は驚きで見開いた目で見た。
「ん、何? どうしたの?」
「カオル、覚えてないの?」
「何をだ?」
「一昨日のことよ」
「一昨日? なんで一昨日なんだ? 昨日のことはどうでもいいのか?」
「昨日は一日中眠ってたでしょ! だから一昨日なの!」
「は? 昨日は一日中眠ってた? おれがか?」
 今度はカオルが驚きの目で彩華を見た。
「そうよ。でも、そんなことはどうでもいいの! いえ、良くはないけど、今はそのことは置いといて、一昨日のこと、覚えてること全部話して!」
 真剣な目でまくし立てる彩華に、カオルは何も言い返せず、言われた通り、一昨日のことを思い出そうとした。だが、なぜか思い出せない。何か思い出せそう な気もするのだが、もやもやときりがかかっ たような状態で、なかなか具体的な記憶が浮かばない。
「ごめん、思い出せない。おれ、なんかしたっけか?」
「やくざに追われて、神社で乱闘したでしょ! 強化人間の女の子が出てきて、カオルが戦ったでしょ! カオルのお母さんに再会したでしょ! それも全部覚 えてないの?」
 強い口調でとんでもないことを言われ、面食らったカオルだが、潜在意識をのぞくつもりで、じっと目をつぶって記憶をたどる。すると、忘れかけた夢のよう な記憶が少しずつよみがえる。
「思い出した。おれ、強化人間だったんだ」
「……それだけ?」
 あっけに取られたような顔で彩華が言った。
 だが、景子はいたって冷静な表情だ。
「彩華ちゃん、谷風君があまり覚えてないのも無理もないわ。強化人間の力を使った副作用で記憶が混乱してるのよ。それに、力を暴走までさせてしまったんだ もの、完全に失われている記憶もあるはずよ」
 それから景子はカオルに向き直り、有無を言わさぬ強い口調で言った。
「谷風君、少しずつでいいから、覚えていることを全て話してもらうわよ」

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