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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第十二章 閉ざされた記憶 2

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 その後、カオルは頭をフル回転させて記憶をたどり、思い出したことを全て景子に話した。
 途中何度も行きづまったが、そのたびに景子と彩華にヒントを与えられ、それを頼りにふたたび記憶を呼び起こす。すると信じられないような記憶が次々に 現れ、自分が思い出した内容に、カオル自身が何度も驚かされた。
 カオルが思い出せる限りのことを話し終えると、ベッドの横で椅子にすわって聞いていた景子が、ゆっくりと足を組みかえた。
「谷風君の話を聞く限り、あの少年、鮫口君だったわね、その子が、青浦博士に薬を投与されたところまでは、ほぼ記憶に残っているわね。でも、鮫口君がふ たたび動き出したあとの記憶は一切ない。そんなところかしら?」
「そのようですね」
「ちょっと、カオル、何ひとごとみたいに言ってるのよ」
「仕方ないだろ。ひとごとみたいにしか覚えてないんだから」
 彩華は少しあきれた感じだ。
 だが、急にしおらしくなると、恥ずかしそうな感じをほんのりと顔に表した。
「そ、それじゃあ、倒れたあと、起き上がった時のことはどうなのよ?」
「倒れた? おれがか?」
「そうよ。あの不良が薬を注射されたあと、カオルはふらふらって倒れたの。でも、その、た、立ち上がったのよ、もう一度。その時のことを覚えてるかって、 聞いてるの!」
 今度は顔を少し赤くし怒った感じだ。
「そう言われれば、そうだったような……」
 言いながら、カオルは記憶をたどる。すると、幻覚ともとれる記憶がおぼろげに浮かび始めたので、その記憶を思い出したまま口にする。
「うーん、確か、幻想みたいに美しい女神が、空からすーっと降りてきて、それで、おれに力を与えてくれたような、……神聖な誓約を交わしてさ。……って、 そんなことあるわけないか、はははは」
 彩華は両手で口もとをおさえて、顔を真っ赤にしていた。
「ん、どうした、彩華?」
「バ、バ、バ、バカじゃないの! そんなこと、あるわけないでしょ!」
「そんなの言われなくてもわかってるよ。つーか、彩華は何で怒ってるんだ?」
「う、うるさいわね! カオルのくせに生意気よ! あんたはね、奈々美ちゃんに、『家政婦のアルバイトか!』とか言って、へらへら笑ってればいいのよ!」
「なんでここで奈々美さんの話が出るんだよ」
「そうそう、カオルはそれでいいの」
「ちぇっ」
「痴話げんかが盛り上がってるところ悪いんだけど、続きを話してもいいかしら?」
「痴話げんか?」
 景子の言った意味がわからず、カオルは聞き返したが、彩華は無視した。
「かまいません。藤宮先生、早く先を話してください」
 すると、景子は組んでいた足を直し、背筋を伸ばしてカオルに正対する。
 急に姿勢を正した景子に対し、カオルも姿勢を正して真剣な表情になる。だが、景子はカオル以上に真剣な表情をすると、強く念を押すように言った。
「先に言って置くわね。あのあとは色々なことがあったけど、谷風君にとっては全て不可抗力よ。谷風君には何の非もないし、起こったことに対して、何か責任 を感じる必要はないわ」
「おれは何かしでかしたんですか?」
 カオルは息を飲んで聞き返した。しかし、景子は直接は答えず続きを話す。
「鮫口君は青浦博士に薬を投与されたあと、大きな力を得てふたたび目覚めたわ。でも、投薬自体は失敗で、人としての分別を完全に失っていた。その鮫口君は 青浦博士に瀕死の重傷を負わせて、詩織さんにも襲いかかろうとしたわ」
 カオルは無言で生つばを飲み込んだ。
「それを止めたのが谷風君よ。強化人間の力を使って。でも、その力が暴走してしましい、詩織さんを助けたものの、鮫口君に重傷を負わせてしまった。谷風君 自身も意識を失って昏睡こんすい状態になった わ。悪くすればそのまま命を失ってしまうかもしれない危険な昏睡状態にね。でも、幸運にも今さっき目覚めたのよ」
 血の気の引いたカオルは無言のままだった。
 だが、必死に平静を装い、なんとか言葉を言う。
「そ、そんなことがあったんですか。……それで、鮫口は今どうしてるんですか?」
「やはり、少しも覚えてないの?」
 景子のしつこいとも思える念入りな確認。しかし、カオルはその意味を深くは考えず、言われたままに記憶をたどる。見つめる景子の目付きが異常なほど鋭 く、心の奥を探るような目付きだが、天井を向いて考え込むカオルはそれに気づかない。
「すみません、何も覚えてません」
「そう、わかったわ。鮫口君は研究施設にいるわ。残念ながら回復は難しいらしいわ。投薬で破壊された人格に有効な処置は今はまだなくて、回復するにしても時間がかかるそうよ。それに、も し回復しても、谷風君が会うことはできないわ。過去に谷風君と鮫口君に何があったかは知らないけど、鮫口君に会うことはもう一生ないと、そう思って」
 真剣な表情の景子に、カオルはだまったままだ。
「カオルは何も悪くないわ。あの不良が自分で望んだことだし、悪いのはあの科学者よ」
「そうね、彩華ちゃんの言う通りね」
 語気を強めた彩華を、景子はなだめるように同意した。
 カオルは鮫口の末路について静かに考える。
 鮫口自身が投薬を望んだ。確かそうだった。そのあとのことは覚えてないが、そのせいで鮫口は人格が破壊されて周囲の人間を襲いだした。それをおれが止 め、重傷を負わせた。──おれが、この手で。
 カオルは自分の右手を見た。
 異常としか思えないほど、鮫口はしつこく付け回ってきた。おれは自分の力で、それを止めた。おれの行動は正しかった。そういうことだよな。……そう、 思っていいんだよな。
 カオルは右手をゆっくりと開き、そして静かに握りしめた。
 何やら不快な感情がある心を反映しているのか、右手にも不快な違和感がかすかに感じられた。硬い何かを握りしめた感触が残っているような感じだろうか。 うまく表現できないその違和感だが、じっと感じていると何やら得体のしれない不安がこみ上げてくる。取り返しのつかないことをやってしまったような、そん な強烈な不安だ。その不安の正体はいったい何だろうか。単に、自分自身では何も覚えてないから不安なのだろうか。
「カオル、どうしたの?」
「……わからない。ただ、何となく不安なんだ」
「悪く考えすぎなのよ。カオルは、お母さんを助けようとして、すごく頑張ったわ。わたしが保証する。カオルが頑張ったからみんなが無事だったの。間違いな いわ、絶対にそうよ」
 そうだ、母さんも無事だったんだ。きっと、おれはすべきことをしたんだろう。きっとそうだ。おれの取った行動は全て正しかったんだ。そう、考えよう。
 無限の闇のような不安に襲われていたカオルだが、彩華にはげまされたおかげで不安が一気に吹き飛び元気が出てくる。
 おれが落ち込んでいる時、彩華は必ずおれをはげまして、勇気付けてくれるな。本当にありがとう。
 彩華の顔を見ながら、心の中でお礼を言うと、彩華は優しくほほ笑み返した。

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