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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第十二章 閉ざされた記憶 3

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「わかっていると思うけど、このことは誰にも話してはだめよ。奈々美にも、地藤君にも。二人だけの時も、この話をするのはひかえてちょうだい」
 言った景子に、カオルと彩華は振り向いた。それから、再度二人で顔を見合うと、ゆっくりとうなづきあう。
 その時カオルは、何やら見覚えのあるものが彩華の額にはられているのに気づいた。肌と同じ色なので気づきづらいが、それはハイドロコロイド素材のバン ソウコウだ。治りが早く、小さな傷なら一切傷あとが残らないと、景子が言っていたやつだ。そして、さらにカオルは気づいた。彩華はひじに包帯を巻いてい る。入院服の下なので、すぐにはわからなかったが、そでから少しのぞいている。
 カオルは気になり彩華に聞いた。
「彩華、おれが入院している理由はわかった。だけど、彩華の入院の理由は何なんだ? 何があったんだ?」
「べ、別に何だっていいでしょ。……女の子には色々あるのよ。いちいちセンサクするんじゃないの。いやらしいわね!」
 一瞬動揺した彩華だが、すぐに、年上のお姉さんのような顔をすると、カオルをしかりつけた。
 カオルは、ちぇっ、と舌打ちすると、景子に向き直った。
「景子先生、母さんは無事なんですよね?」
「中度の打撲よ。でも特に問題はないわ。昨日は何度か様子を見にいらしてたわ。でも、あんなことがあったあとだから、事後処理に追われて今日は来れないそ うよ。それで、わたしが詩織さんに頼まれて来たのよ」
「そうだったんですか。それじゃあ、奈々美さんは? ……正志! そうだよ、正志どうなったんですか? 怪我の具合はどうなんですか!」
「谷風君、あせらないで。二人とも無事よ。地藤君は右腕の切創……ナイフで切られた傷ね、それを何針かほう合したけど、経過に問題はないわ。傷が治れば今 ま で通り野球ができるわよ。それと、奈々美はだいぶ落ち込んでたけど、何の怪我もしてないわ。落ち込んでた原因も、谷風君が目覚めないことだったから、目覚 めたと知ればすぐに元気になるわ」
 言ってから、景子は腕時計を確認した。
「もう、学校が終わってる時間だから、二人とも、もうすぐ──」
 言いかけた時だった。間仕切用カーテンの影に人の気配を感じ、みながいっせいに振り向いた。すると、そこに現れたのは、学生服姿の正志と、エプロンドレ ス姿の奈々美だった。
 二人は、カオルが目覚めているのを見て立ち止まった。直後。
「カオル君!」
 奈々美はそう叫ぶやいきない走りだし、ベッドの上に上体を起こしているカオルに思い切り抱き付いた。
 カオルの頭を胸に抱えるようにして、力一杯抱きしめる奈々美。童顔な顔立ちには似合わないふくよかな感触が、カオルの顔をやわらかく包み込み、かぐわし い女の子の香りが鼻の奥をくすぐる。
「カオル君、気がついたんですね。ほんとに良かったです。わたし、わたし……」
 涙ぐみ、感極まった声を出す奈々美は、かすかに震えていた。
 一方カオルは、突然訪れた心地よい感触に、頭の中が真っ白になり何も考えられない。とろけるようなその感触に、ぽぉーっとなり、全ての感覚がく ぎ付けになった。が、奈々美の体重がかかり、それを支えようと体に力を入れた瞬間、激しい痛みが筋肉に走っ た。
 あまりの痛さに、カオルは悲鳴さえ上げられないまま後ろに倒れた。
 一緒に倒れた奈々美がカオルの上におおいかぶさり、奈々美のやわらかい部分がカオルの顔を圧迫する。
「カオル君、ごめんなさい。カオル君が無事なのを見たら、わたしうれしくて、つい」
 奈々美は顔を赤くしながら言い、そそくさとカオルの上からどいた。
 だか、カオルは痛そうにしたまま動けないでいる。
「カオル君、どうしたんですか?」
「ただの筋肉痛だから大丈夫よ」
 彩華が答えた。
 奈々美は彩華に振り向き、不思議そうな顔で言う。
「でも、すごく痛そうにしてます」
「いいの、いいの。いやらしいこと考えたばつよ。──ほらカオル、いつまで寝てるの、さっさと起きなさい!」
 入院患者であるカオルに対し容赦ない態度の彩華は、カオルが痛そうに体のあちこちをおさえて、のそのそと体を起こすと、軽蔑したような目で見ながら言っ た。
「カオル、鼻血出てるわよ」
「えっ、まじで!」
 カオルはあせって鼻の下を調べる。が。
「うそよ」
 彩華の一言に、カオルは鼻の下をおさえたまま動きが止まった。
 そのカオルを見て、正志がくすくすと笑いながら言う。
「もうすっかりいつも通りだね。特に怪我とかしてないみたいだし、ほんとに良かったよ」
「正志こそ、滅茶苦茶元気じゃねーか。ったく、心配させやがって」
「その台詞は、そっくりそのままお返しするよ」
 正志がさわやかに返した台詞に、その場にいる全員がにこやかに笑った。

 日の光がさんさんと差し込む昼下がりの病室。
 そこでは日の光以上に明るい笑いがこだまする。
 何気ない会話が生み出すささいな笑い。
 だがそれは、何ものにも変えられない大切なもの。
 カオルが戦い守ったもの。
 命をかけて守ったもの。
 失意の中にあっても常に努力し続け、戦い抜いたカオルがつかんだ幸福。
 閉ざされた記憶の中のカオルが決断し、そして手に入れた、犯される心配のない日常。
 大切な人たちとともに、カオルは幸福な日常を歩み続ける。

おわり

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