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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第一章 宿敵 7

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 分厚い雲が太陽をおおいかくし、体育館裏に不気味なうす暗さが訪れた。
 朗読を終えた平前が、うやうやしくお辞儀をした。
 だが、黒屋たち男子は、その平前を見て心底気持ち悪そうな顔をする。
「うっわぁー、何その手紙、キッモー」
「つーか、今時そんなんでつられるバカいるんだな。マジ尊敬するわぁ」
「沙織、それキモ過ぎ」
「キモイゆーな。わたしが考えたんじゃないっつーの。なんかさぁ、根暗君は純情な子が好きだから、こういう内容がいいんだとさ。今時純情な子なんて、勘違 いしたブスしかいないっつーのに」
「あははは、違いねー」
「だはははは」
「だまれ!」
 カオルは力の限り叫んだ。
 突然上がった大声に、黒屋たちは驚きを見せ、鮫口は険しい表情をさらに険しくする。
「許さない……絶対に許さない」
 燃えるような怒りを顔に浮かべたカオルは、感情が言葉となってにじみ出た。
 それを見て、黒屋はむかつきを顔一面に表す。
「はぁ? 許さねぇってのは、こっちの台詞だろーが。中学入ったからって、調子こいてんじゃ──」
「だまれ!」
 カオルの叫びが黒屋を貫いた。
 この一言はその場の全員をひどく怒らせ、緊迫した空気を即座に作り上げる。中でも、黒屋の怒りはすでに限界に近いのか、黒屋は強く拳を握りしめると、 ゆっ くりと カオルの方へ歩きだし、カオルを怒鳴りつけた。
「何いきがってんだぁァ! こらあぁァ!」
 黒屋の眉間みけんにはバツ字が見えるほどの 深いしわが寄っている。
 だが、カオルは一切ひるむことなく、全身の怒りを視線に込めて黒屋に叩きつけた。
 その態度に、黒屋はついにぶち切れた。
「なめんナこらあぁぁァ!」
 黒屋は叫ぶや、拳を振り上げカオルに殴りかかった。
 とっさに頭をかばったカオルの腕に、黒屋の拳が突き刺さり、骨に痛みが染み入った。
 すかさず黒屋は、勢いそのままに右足を振り抜く。すると、半円を描いて襲いかかった蹴り足が、カオルのももを真横からとらえた。
 しびれをともなう重い痛みに、カオルは顔をしかめて数歩あとずさる。
 だが、この程度では黒屋の怒りは静まらない。
 黒屋は素早く間合いをつめると、頭を抱えて動きの止まったカオルに、両の拳を何度も何度も叩きつけた。
「ああぁ! オラ、オラ、オラァー! さっきの威勢はどうしたぁ!」
 腕や肩に拳が打ちつけられるたびに、痛みと衝撃がカオルを襲う。
 だがしかし、カオルの意志は少しもくじけなかった。頭をかばう腕の間から黒屋の顔をにらみつけ、痛みが生じるたびに心の中でくり返す。
 許さない、許さない、許さない、やり返す、やり返す、やり返す、殴り返す、殴り返す、殴り返す、殴り返す、殴り返す──。
 黒屋がひときわ大きく拳を振り上げると、その姿がカオルの視界に映り込んだ。直後。
 ぶっ、と奇妙な声を出して後ろによろける黒屋。
 険しさをさらに強める鮫口。
 あっけに取られ、ぽかりと口を開けるその他の人たち。
 それは何とも言えない不思議な瞬間だった。
 その不思議な雰囲気を作り出した黒屋は、ふらふらと三歩ほど後退してなんとか止まった。
 それから、間抜けな表情をかくすように鼻の辺りに両手を当てた。すると、指の間から赤いものが流れ出て、ぽたぽたと地面に落ちた。
 カオルはその光景をながめながら、突き出した右の拳にじんわりと鈍い痛みを感じていた。
 そして、ようやくカオルは理解した、自分が黒屋を殴り返したことを。

 かわいた風がうす暗い体育館裏を吹き抜け、若草がそよいだ。
 黒屋を見守る人たちは、格闘技の観戦中に手品を見せられたようなほうけた顔だ。
 その視線の先で、黒屋が鼻に当てていた手をどけた。鼻の下から口もとが真っ赤に染まっている。鼻血だ。
 カオルは震えながらその光景を見ていた。突き出した右の拳も振るえている。その右の拳をゆっくりと引き戻した。
 ……やった……やったんだ……黒屋を殴り返したんだ!
 カオルは心の中で叫んでいた。今の感情は、さっきまでの激しい怒りから、達成感のような喜びに変わりつつあった。
 おれは六年間、ずっといじめられてきた。殴られ、蹴られ、おどされ、からかわれ、散々くやしい思いをしてきた。その屈辱の借りを、ほんの少しだけ ど、今初めて返したんだ! でも、まだ終わりじゃない。黒屋の戦う意志が無くなるまで、何度でも殴り返してやる!
 気持ちを新たにしたカオルは、しっかりと地面を踏みしめ、拳を引いて戦う姿勢を整えると、鋭い視線で黒屋をとらえ直した。
「……殺す」
 赤く染まった手の平をじっと見ていた黒屋がぼそりとつぶやいた。
 少しずつ赤みを増していくその顔は、先ほどの間抜けな表情からは想像できないほどの怒りに満ちていた。
「絶対に殺す……」
 黒屋はカオルをにらみつけながら腕を払った。手の平に着いていた血が地面を打つ。
 そして、まだ血の付いている手の平を固く握りしめると、カオルを怒鳴りつけながら、体当たりするような勢いで突っ込んでいく。
「死ねよクソや──」
 怒鳴り声を鈍い音が断ち切った。
 半回転した黒屋の顔から鼻血が飛び散る。
 春風が真っ赤な血を空中に吹き上げる中、白目をむいた黒屋がどさりと崩れ落ちた。
 全身の力を込めて放ったカオルの拳が黒屋のあごを撃ち抜いたのだ!
 カオルの拳の勢いに加え、みずからの突進の勢いまであごで受けてしまった黒屋は、地面に倒れ込んだままぴくりとも動かない。
 怒りに我を忘れ、無防備に突進した代償は、ことの外大きかった。

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