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暗闇のカオルと
閉ざされた記憶
第四章 紛失 4
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ふー、危ないところだった。なんだか知らんがあの岩熊とか言う人には感謝だな。客だかどうか知らんが、ほんとに助かった。だけど、あの人どっかで見たこ
とあるような……ん! そうか、わかった! 彩華が偽名を名乗った先生だ! どうやら、もうおれのこと忘れてるみたいだ。彩華が言った通り脳みそまで筋肉
なのかもな。
などと考えながらカオルが廊下を曲がると、一人の女子生徒とぶつかりそうになった。
「おわっ! ご、ごめん、大丈夫? ……って、彩華じゃん」
「悪かったわね、知らない女の子じゃなくて」
一瞬だけ新鮮な驚きを見せた彩華は、すぐにいつもの調子になったが、それも束の間、心配そうな表情に変わった。
「その怪我、大丈夫なの?」
彩華はカオルの顔をのぞき込んだ。お互いの息がかかり合うほど間近で見ても、一切の欠点の見当たらない彩華は、真剣な目でカオルの顔を見ている。
「左の口もとが青くなってるわね。額も少し青いかな。……ほおのバンドエイドは……すり傷? まったく、あまり顔に傷作るんじゃないわよ」
と言って、彩華はため息を一つ吐く。それから視線をカオルの胸の方に落とした。
「で、その格好は何?」
「えっ? 格好って……」
彩華につられて自分の胸の辺りを見たカオルは動きが止まった。
全てのボタンがはだけた灰色のブレザー。だらしなくゆるめられた紅のネクタイ。
──景子にいじられた時のままだった。
しまった! どたばた続きで直すの忘れてた!
激しく動揺したカオルは、大きく両手を振って必死に否定する。
「ち、違う! これは違うんだ! その、なんだ、怪我してないか調べてもらって──」
「何むきになってるのよ」
「えっ? ……いや、だから、変な誤解をされたら嫌だなって……」
「変な誤解って?」
「あ……だから、その……景子先生と何かあったみたいな──」
「景子先生? それって、養護の藤宮先生のこと? で、その景子先生と何があったの?」
「…………」
動揺のためか次々に墓穴をほったカオルは、ついに何も言えなくなってしまった。そんなカオルのことを彩華は疑うような目で見ながら言った。
「ははーん、わかった。エッチなことしてたんでしょ」
「ち、違う! 絶対に違う! おれは何もしてない!」
「何が、おれは何もしてないーだ。そういう台詞はね──えりに付いた口紅を落としてから言いなさい」
──何っ! あのお色気教師、そんなもん付けやがったのか!
激しくあせったカオルは、反射的にシャツのえりをひっぱり口紅のあとを探す。だが、右のえりを探しても、左のえりをさがしても、どこにも口紅のあとなど
見当たらない。
すると、それを見ていた彩華は、あっけにとられた表情で言った。
「冗談のつもりだったんだけど……どう見ても本気の反応……よね?」
「えっ?」
アホ面となったカオルは、左のえりを引っ張ったまま彩華の顔を見ると、そのまま硬直した。
その後、やっとのことで動き出したカオルは必死に誤解を解こうとしたのだが、カオルをからかうのに最高のネタを手に入れた彩華は、カオルの言い分などお
かまいなしに思う存分いじり倒したのだった。
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