トップへ目 次へ>このページ

暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第七章 激情 2

前のページへ 目次に戻る 次のページへ


 その内寺健太が、偶然街で会った親友に話しかける調子で、カオルに話しかけた。
「おっ! ほんとにカオリちゃんじゃん。ちょー久しぶり。てか、まだ生きてたんだ。とっくに自殺でもしてると思ってた。また会えてちょーうれしいぜ。最近 イラついてたからさ、ほんとカオリちゃんに会いたくて会いたくて。んじゃ早速──ストレス解消っと!」
 激しい衝撃がカオルの頭に走った瞬間、視界の中の内寺が激しくぶれながら側方へ消失し、そのまま草原の大地に激突する光景を映した視界は暗闇になっ た。
 内寺は言い終わりざまに、カオルのほおを横なぎにり つけたのだ。疲れ切っているカオルは不意打ちに反応することができず、首をかるような一撃をまともにくらい、顔から横に弾き飛んでしまった。
「カオル!」
 悲痛な叫びをあげた彩華が、カオルのところへ駆け出そうとした。だが、私服の二人に腕をおさえられていて、その場を動けない。
 彩華はその一人に険しい視線を突き刺しながら言い放つ。
「痛いわねぇ! 放しなさいよ!」
「るせーな! 女はだまって見てろ!」
「何よ! 女だからって、バカにするんじゃないわよ! さっさと汚い手を放しなさいよ!」
「ぁああ! んだと、コラぁ! テメェもふくろにすんぞ、コラぁ!」
 一瞬で二人は殺気立った。
 草原に転がっているカオルは、ほお骨に染み入る激しい痛みで顔をゆがめていたが、彩華の危険な行動にたまらなくなり、疲れ切った体にムチを打ってなんと か顔を上げ、ひざ立ちになった。そして、悲しく願うような目で彩華を見つめた。
 やめろ、やめるんだ、彩華。それ以上そいつを刺激しちゃダメだ。そんなことをすれば彩華も──
「おいおい、彼女ちゃんの心配してる場合じゃねーだろ」
 カオルの髪をつかんで無理やり振り向かせたのは内寺だった。しゃがみ込み、真正面からニヤけ顔で見る内寺の左右では、カオルをスクーターで誘い出した学 生服の二人が、同じようなニヤけ顔で立っていた。
「……何つーか、カオリちゃん、ほんとにバテバテじゃねーか。コウジもシンゴも、もっと加減しとけよな。こんな感じ──で」
 言い終わりに、今度はこぶしでカオルのほ おを殴りつけた。激しい痛みが骨の奥に響き渡った。
「カオル!」
 またしても彩華の悲痛な叫びがあがった。
 血の味をかみしめながらその叫びを聞いたカオルは、心に切りつけられるような痛みが走った。
 だが、そんなカオルの痛みなど相手は一切気に留めない。楽し そうに冗談を言い合いながら、さらにカオルに暴行を加える。
「ケンタ、全然加減してねーじゃん。加減するってのは、こーだろ」
「ははは、それ、加減してねーよ。こうだよ」
「いやいや、こうだろ」
「あははははは」
 疲労で体が動かないカオルは、それらの攻撃に力を入れてこらえることがほとんどできない。なされるがままに、殴られ、蹴られ、体中に痛みが走る。そんな 痛みを感じるたびに、カオルは過去の記憶が否応なしによみがえる。
 小学校の教室で席にすわったカオルと、カオルを取り巻く三人の男子。その三人の男子は、他の生徒に見せつけるように、カオルをからかいながら、思い思い の 方法で暴力を振るう。そう、この痛みは、かつてカオルがいじめられていた時に感じていたのと同じ痛みなのだ。だから、その時のことをカオルに思い出させて しまうのだ。
 違う……これは、いじめじゃない……これは、違うんだ……
 だが、カオルは心の中で必死に否定する。いじめられていた屈辱の過去を彩華には知られたくないために、今受けている暴力はいじめではないと自分自身に言 い聞かせ、相手がいじめという言葉を口にしないことを、心の底から願い続ける。しかし。
「そう……こういうことだったわけね」
 カオルがいたぶられるのを、腕をおさえられたまま見せられていた彩華が険しい表情で言った。
 一通りカオルをいたぶり終えた内寺たちが、彩華の方を振り向いた。
「カオルが突然怖がってたのは、あんたたちのことだったわけね」
 彩華は内寺をにらんだ。だが、内寺はなんともない様子でカオルの方に向き直ると、心底あきれたような顔で口を開いた。
「なんだ、彼女ちゃんの前でもビビリまくってたのか。相変わらずヘタれだな」
 うす暗い河川敷で、いくつもの笑いが重なった。
 言った内寺だけでなく、彩華をおさえている私服の二人も、カオルを痛めつけていた学生服の二人も、鮫口以外はみんな笑っている。カオルが地面にひざを突 き、胸とわき腹をおさえているのを、さげすむような目で見ながら。
 だが、彩華はその笑いを聞いて、さらに表情を険しくした。そして、笑っている者たちを逆にさげすむような声で言った。
「カオルが、ヘタれですって?」
 挑発するような態度に、笑っていた者たちは、いらだたしげな顔で彩華をにらんだ。しかし、彩華は構わず続ける。
「確かにね、カオルはすごく怖がってたわ。でもね、それでもね、カオルは逃げ出さないで、一人でここに来たわ。それのどこがヘタれなのよ! わたしを人質 にとって、カオルを好き放題痛めつけたあんたたちの方が、よっぽどヘタれでしょ!」
 その突き放した言い草に、私服の二人も学生服の二人もいきり立ち、彩華を怒鳴りつけた。だが、内寺は相変わらずの余裕の表情で鮫口の方へ振り向いた。
「おい、龍二、言われちゃってるぞ。まあ確かに、彼女ちゃんさらって誘い出したり、原チャリおっかけさせてバテさせたり、何つーか、カオリちゃんなんかに 用心しすぎなんだよ。らしくねーって」
 話しかけられた鮫口はまたも無言だった。内寺の言葉には反応せず、ぼろぼろのカオルを厳しい表情で見続けている。

前のページへ 目次に戻る 次のページへ

トップへ目次へ>このページ

55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット