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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第八章 追跡者 1

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「──で、これが例のものよ」
 辺りを厳しく警戒しながら小声で切り出したその女は、厳重に閉じられたファイルケースから何かを出そうとしている。
 赤いスカーフでほっかむりをし、大きなサングラスとマスクで顔を完全にかくしたあやしい女。一見すると、お忍びの芸能人を思わせる。
  大きな窓から午後の日差しが差し込み、さんさんと光輝く窓ぎわのテーブル。いつもと何も変わらない夕焼け堂。だが、その幻想的な店内とは裏腹に、鮫口との 一件でカオルにとっては最もいまわしい場所となった喫茶店だ。カオルがふたたびここに来ることとなったのは、そのあやしい女に強引に連れてこられたからで ある。
 だが、カオルには、ここに来たくない理由が他にもあった。
 その理由は、今ゆっくりとこちらへ向かって来ている。不幸なことにそのあやしい女はそのことに気づいていない。
 人が近づく足音がカオルの耳に聞こえてきた。明らかに強張っているのがその音でわかる。足音の人物はすでにカオルに気づいていて、カオルのもとへどうしても来なければならない理由がある。
 その人物はさらに近づき、来たことを後悔しているカオルの横へ立つと、緊張した面持ちで口を開いた。
「ご、ご注文は、何に致しますか?」
「きゃっ!」
 不意に声をかけられ、あやしい女は小さな悲鳴を上げた。
 すると、ファイルケースから出しかけていた文書を素早く中にしまい、テーブルの下にかくした。
 見た目も行動もあやしいその女に、注文を聞きに来たウエイトレスは動揺し、固まってしまった。どうやら、このウエイトレスは、カオルだけでなく、このあやしい女も危険人物だと認識したようだ。
「ご、ご注文が決まりましたら、お声をおかけ下さい」
 だが、接客のプロのようだ。見事な対応でこの場をしのぐと、そそくさと退散する。
 その後ろ姿を見ながらカオルは思う。
 もうダメだ。この店も使えなくなった。ロイヤルコースト同様、夕焼け堂も使用不能だ。
 そう、カオルがここに来たくないもう一つの理由。それは、カオルがこの店のウエイトレスや常連客に、危険人物だと思われているはずだからだ。
 一昨日、彩華の危機に、カオルは店内を駆け抜けて飛び出した。あの行動は、十分危険視に値するし、目の前のあやしい女の行動は、さらなるだめ押しになったはずだ。
 そのあやしい女が、ウエイトレスやまわりの客の視線がないことを確認し終えると、テーブルにふたたび文書を出した。
「──で、これが例のものよ」
「重大な話だってのはわかったから、もう、そういうあやしい行動は止めてくれ、彩華」
「何よ、その言い方。重大な話だって、ほんとにわかってるの?」
「ああ。だけど、そのスカーフはやりすぎだ。正志もそう思うだろ?」
「いいんじゃないの? カオルと彩華が、毎日どんなことやってるかわかって楽しいよ」
「ほら、正志もそう言ってるじゃない」
「…………」
 あやしい格好をした彩華を、正志が認めてしまったため、カオルは無言になった。
 彩華は、先ほどから人目をかくすように大事に持っている文書、『例のもの』をテーブルに出し、説明を始めようとした。その矢先。
「でも、なんかちょっと話しづらいわね」
 ほっかむりにサングラスにマスクでは、話しづらいと感じたようで、それらを外してしまい始めた。
 放課後、夕焼け堂に集まったカオルたち三人。なんとめずらしく、今日は正志もいる。だが、彼の所属する野球部が本日休みというわけではない。部活を休ん で来たのだ。カオルと彩華に付き合って、朝一緒に遅刻したりしない正志は、普段なら、放課後に誘われても断って部活に出る。その正志が今日カオルたちに付 き合ったのは、彩華が重大な話をすると言ったからだ。
 だが、正志が今日付き合ってくれた理由はそれだけではないとカオルは思っている。昨日、体の大事を取って学校を休んだカオルと彩華が、今日怪我をした状 態で学校に来たので心配しているのだろうと思っているのだ。怪我の理由を聞いた正志に、カオルたちははぐらかして答えなかったので、それも仕方がない。

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