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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第八章 追跡者 7

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 鎮守ちんじゅの森からの木もれ日が、とうろ う横のこけむしたこま犬を優しく照らし、無人の参道を吹き抜けたそよ風が、大きな石の鳥居にふれてかわいた音を響かせる。うす暗さの中に荘厳と清浄をただ よわせ、神仏など信じない人間にも、この世のものでない何かを見せてしまいそうな幻想的な空間。
 薪負い神社。
 創建以来、千年以上の長きに渡り、この地を守護してきた歴史のある神社で、一節によると、かの源義経も戦勝を祈願して立ち寄ったことがある由緒有る神社 だ。だが、今はだいぶさびれていて、ほとんど人が訪れることはない。
 その霊験あらたかな領域へ、息を切らした三人の高校生が駆け込んできた。
「はぁ、はぁ、はぁ……、逃げきったか?」
 カオルがひざに手を突きながら聞いたのに対し、正志が腰に両手を当てて後ろを見ながら答えた。
「はぁ、はぁ、わからない。でも、姿は見えないよ」
「はぁ、はぁ……、まだ、安心はできないわね」
 彩華が額に光る汗を手の甲でぬぐいながら言った。
 それから息を整える三人。みな無言だが頭の中では色々なことを考えているのだろう。
 カオルもまた、走っている間中ずっと気になっていたことを考えていた。
 黒スーツの男が言った言葉だ。
 ──我々が探しているのは……あなたの後ろの少年ですよ──
 その言葉ではっきりした。あの男たちは、少年を探していたのだ。彩華が持っていた強化人間についての文書などではなく。
 では、その少年とは誰なのか? カオルか? 正志か? それは、あの場の位置関係からはわかりづらい。だが、二人のうちのどちらかであることは間違いな い。そして、それを特定するもう一つの手がかりを、カオルは黒スーツの男の反応に見て取っていた。彩華が口にした強化人間という言葉に、男の目が鋭く反応 したことだ。
 さらにカオルは、あの文書の中の情報も思い出す。
 高校生ぐらいの男子が強化人間開発のプロジェクトを離れ、一般人として暮らしているらしいという情報だ。
 これらの情報から考えられるもっとも妥当な結論は──
「なあ、正志。お前、実は強化人間なんだろ?」
 やぶから棒に言い出したカオルに、正志は驚き目が点になる。
「は? 突然、何言い出すんだ?」
「さっきの連中、強化人間のお前を探しに来たんだろ? 違うのか?」
「あんな物騒な連中、おれは知らないよ。カオルの方こそ、心当たりはないの?」
「ない。おれは強化人間じゃないから、なんの心当たりもない」
「わかった。なら、カオル。その強化人間ってのから、少し離れて考えてみたらどうなんだ?」
「どういうことだ?」
「例えば、その怪我。彩華の怪我もそう。また二人で危ないことやらかして、追われてるとかじゃないの?」
「これは違う! まったく別だ! 関係ない!」
 突然必死になったカオルは大きな声で否定した。
 そのカオルをかばうように彩華も言った。
「正志、わたしもカオルも怪我してるけど、これはほんとに関係ないわ」
「本当にそう言い切れる? もしかしたら、カオルや彩華が知らないところで、何かが関係してるとかはないの?」
 思慮深い正志は、一瞬で深いところまで追求してくる。
 正志ほど深くまで考えていなかったカオルは、確かにそれはあるかもしれないと思い言葉につまる。だが。
「……それは……わからない……。けど、まず、正志が強化人間かどうか、はっきり答えてくれ!」
「違う。カオルと一緒で、おれも強化人間とやらじゃない」
「正志が自分で知らないだけで、生まれながらの強化人間って可能性はないのか?」
「は? どういうこと?」
 正志はまたも、目が点になった。
「さっき彩華の持ってた資料にあっただろ、強化人間開発プロジェクトは十八年前に始まったって。おれたちが生まれる前だ。だったら、正志が生まれながらの 強化人間だってこともありえるだろ」
「待ってよ! その考えなら、カオルが強化人間の可能性だって否定できないじゃないか!」
「おれがか! 勉強も運動も正志に及ばないおれがか! それはないだろ!」
「カオルは普段手を抜いてるからだろ! 真剣にやったらどうだかわからないじゃないか!」
「ちょっと待って! 二人とも落ち着いて!」
 彩華が大きな声を出して、カオルと正志の間に割って入った。
 その彩華の行動で、カオルと正志は自分たちが感情的に言い合っていたと気づいた。普段はそんなことはない二人だが、刃物を持ったやくざに追い回されると いった異常事態の連続で、感情が高ぶっていたのかもしれない。

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