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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第九章 怪物 4

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「やっとやる気になったようね」
 青浦の横に立つ少女が言った。先ほど景子にスタンガンを使った金髪の少女だ。青浦が話している間、退屈そうに足で砂利をいじっていたが、一転して今はカ オルに危険な関心を寄せている。
「わざわざ来たかいがあったわ。くだらない三文芝居を見せられた時は、もう帰ろうかと思ったけど。……そう言えば、自己紹介がまだだったわね。わたしはマ リー……ハイディマリー・フォン・エアハルト。あんたと同じくアルタード、つまり──強化人間よ」
 カオルは驚きで目を見開いた。いや、カオルだけではない。彩華たちもみな、それぞれに驚きを表している。
「でも、勘違いしないで。あんたみたいな旧式と違って、わたしはこのあいだアルタードになったばかりの最新式。……あんたから見ると妹になるのかしら?」
「お前もそいつにつかまったのか?」
「ふふ、妹思いの優しいお兄様だこと。でも、安心して。わたしは自分の意志でここにいるの」
 それを聞いたカオルは、マリーと名乗った少女にも、青浦を見るのと同じ険しい視線を向ける。
「そいつの、仲間ってことか?」
「仲間じゃないわ、こんなマッドサイエンティストとは。ただ利害が一致したから、それだけ」
 利害が一致だと? 産業スパイのこいつと? ……それは、他人を傷つけ、犠牲にして得た利益から、分け前をもらっている、そういうことじゃないのか?  つまり──
「同じ穴のむじなか」
 カオルは、卑劣な犯罪者を見る目でその少女を見た。
 すると、マリーはそのさげすむ感情を感じ取ったのか、いらだち混じりの声で言う。
「違うって言ってるのがわからないの? 視覚じゃなくて、思考を強化してもらった方が良かったんじゃないの、お、に、い、さ、ま」
「何も違わねぇ。悪人と利害が一致した時点で、お前も立派な悪人だ」
「……弱っちい旧式のくせに、えらそうな口聞いてくれるじゃない。どっちが強いかはっきりわからせてあげる」
 マリーは青いひとみを怒りに染め、カオルへ向かってゆっくりと歩き出した。
 だが、青浦が素早くマリーの肩に手を伸ばしながら言った。
「待ちなさい、マリー。君の出番は、黒竜組が失敗した時だと──つぅ!」
 青浦の手が大きく弾かれた。一閃いっせんし たマリーの右手は、カオルでさえほとんど見えなかった。
「失敗したようなものよ。こんな役立たずなノーマル風情が、アルタードにかなうわけないでしょ」
 馬鹿にしきったマリーの言葉に、事態を静観していた男たちがいきり立ち、マリーと青浦ににらみを飛ばす。
「……こ、黒竜組との契約がある。それに、谷風カオルは未知の部分も多い。もし、君がやられるようなことがあれば、プロモーションにも──」
 瞬間、振り返ったマリーの視線が青浦を貫いた。
 そして、怒りで白い顔を赤く染めたマリーは、激しい口調で青浦に言う。
「わたしが負けるわけないでしょ! 運動型のわたしが! 実験用の視覚型なんかに! そんなこともわからないの! なんならあんたにも直接教えて上げるわ よ!」
 その激しい剣幕に気圧され、一瞬あせりを見せた青浦だが、なんとか言葉を口にする。
「……好きにしなさい」
「初めからそう言ってればいいのよ!」
 マリーは冷たく言い放つと、カオルたちの方へ歩き出す。
 だが、黒スーツの男、ここにいる男たちの取りまとめ役だと思われるこの男が口を出した。
「お嬢ちゃん、これは我々の仕事なんでね、すみませんが遠慮して頂けませんか」
 言い終えると、近くにいる男たちに目配せをした。
 すると、数人の男たちが、にやにやと品のない笑みを浮かべながら、マリーの行く手に立ちはだかろうとする。その中には、先ほど鮫口に制裁を加え、あっと いうまに失神させた大柄な男もいる。
「ああぁ、ガキはひっこんでろ!」
「ここは女子供のでる幕じゃねーんだよ」
「お嬢ちゃんはだまって見てな。お強い強化人間様が、あえなくつかまるところをな」
 先ほどマリーに馬鹿にされたせいか、その数人の男たちは厳しい顔でおどしを入れながらマリーに向かう。しかし、マリーは怒りの顔でカオルだけを見てお り、その男たちはまるで視界には入っていないふうだ。
「聞いてんのか、コラぁ」
「ああぁ、失せろつってんのがわかんねぇのか?」
「だまって見てねぇと、一生かあちゃんに会えなく──」
 突然、男が一人後方へ激しく吹き飛び、敷石の上で二度弾んでから、あおむけに倒れた。
 そのいきなりの出来事に、その場にいた者はあっけにとられるしかなかった。カオル以外は全員、不可思議な現象を見た子供のような顔をしている。ただ、カ オルだけは一瞬で恐怖にとらわれ、かたかたと振るえ出す。
 吹き飛んだ男がもといた場所で、少女の声が上がった。
「次からは、言葉に気をつけることね。生きてればの話だけど」
 マリーだった。瞬間移動したかのように、その場所に移動していたマリーが、三メートルほど先まで吹き飛んだ男、手足を不自然な方に向けているその男に話 しかけていた。
 だが、男は何の言葉も返さない。言葉の代わりに口から白いあわをカニのように出すだけで、ぴくりとも動かない。
「で、あとは誰だったかしら」
 何事もなさげにマリーは言うと、別の男に視線を移す。
 ほぼ同時に、その男が一メートルほど宙に浮き、砂利の上に落下する。
 またも全員があっけにとられ、沈黙が生じた。
 だが、男の着地と同時に四方に弾き飛んだ砂利がじゃらじゃらと軽い音を鳴らし、その沈黙を奇妙な感じに打ち破る。
 その光景でカオルは、マリーの動きの一部始終を見届けた。さらなる恐怖に襲われ、まったく動くこともできない。ただ一言思い浮かべるだけだ。
 ──こ、こいつ、人間じゃない……
 そのカオルの感想は限りなく的確だ。
 地をはうような体勢で、一瞬で近づいたマリーの動きは、人体の限界と万物の運動法則を無視しているとしか思えないものだった。録画した映像を高速再生し たような、通常ではありえない早さ。マリーはそれを現実の時間の中で見せつけた。
 カオルが恐怖にとらわれている間にも、まるで殺戮さつりくの ような、マリーによる一方的な攻撃は続く。
 一人の男に一瞬で近づいたと思った時には、その男は弾き飛び、あるいは宙に浮く。それは胸への正拳であり、腹への飛び蹴りであり様々で、共通している点 といえば、マリーに目を付けられてからやられるまで、一切動けないという点だけだ。
 男たちは、仲間が一人、また一人とやられるその光景を、映画館で無音の戦争映画を見るように、ただじっと見続ける。頭をからっぽにして、自分の番が来る のを待っているかのようだ。
 突然、狂ったような叫びを上げて、一人の男がマリーにおどりかかった。先ほど鮫口に制裁を加えた大柄の男だ。
 大熊が人間に襲いかかるように、その男は走りながら大きく両腕を開くと、おおい被さるようにつかみかかり、即座に敷石の上におさえ込んだ。
 体格差を生かした力強い攻撃に、男は会心の笑みを浮かべた。
 が、その顔はすぐに驚きの顔に変わる。
 なんと、おさえ込んだはずのマリーがいないのだ。
 男はとっさに危険を感じたのか、驚き顔のまま反射的に後ろを振り返った。
 直後、背後にいたマリーが男の胸につかみかかった。
 そして、そのまま男を後ろ向きに倒して鈍い音を響かせると、男の首もとで両腕を交差させておさえ込んだ。
 男の突進に対し、マリーは残像を見せるほどの早さで相手の後ろに移動し、驚くことに、男は振り返るまでそれに気づかなかったのだ。
  その男は、敷石の上にあおむけにおさえられたまま手足をばたつかせた。だが、激しく動く手足とは対照的に、体はぴくりとも動かない。それはまるで、虫ピン で留められたクモのようだ。どこにそれだけの力や重さがあるのか、小さなマリーの体からはとても想像などできない。だが、小さなマリーが大きな男の胸に ちょこんと乗って、完全におさえ込んでいるという非現実的な光景は、今そこに存在している。
 男の手足のばたつきが止まった。
 すると、マリーはゆっくりと立ち上がる。だが、その男はもう動かない。
「こんなものかしら」
 マリーは黒スーツの男に向かってさらりと言った。
 完全に表情を失っている黒スーツの男は、何も答えず手下への目配せもしない。男たちの半分近くはまだ無事に立っているにも関わらず。
「さっき、あんたたちのこと役立たずって言ったけど、それは訂正するわ。準備運動にはちょうど良かったから」
 マリーはそう付け加えたあと、カオルへ視線を向けた。
 その視線には怒りとも憎しみともとれる感情がすぐに宿る。男たちを相手にしていた時の無感情な表情がうそのようだ。
「弱いくせに、わたしにえらそうな口聞いたこと、今から後悔させてあげる」
 マリーが言った直後、その後方で電子音が鳴り響いた。

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