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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第九章 怪物 6

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 そんな追いつめられた状況のカオルを、値踏みするような目で見ていたマリーが口を開いた。
「反応だけは早いじゃない。でもそれ以外はノーマルと何も変わらないわね」
 どこか馬鹿にするような言葉だった。だが。
 好機だ! この状況を打開する考えが浮かぶまで、会話でなんとか時間をかせげ!
 そう考えたカオルは、すぐに質問をする。
「マリーとか言ったな。お前はいったい何なんだ?」
「さっき言ったわよ。お兄様と同じアルタード……強化人間だって」
「同じ強化人間とやらのおれには、こんなことはできないぞ」
 と言って、倒されている男たちを鋭い目付きでゆっくりと見渡す。
 右後方に、景子先生と奈々美さん。景子先生は二人の男に、奈々美さんは一人の男におさえられてる。景子先生から少し離れたところにムチが落ちてる。左後 方に彩華。無事に立ってる。真後ろにはひざを突いた正志。二人の男におさえられてる。相手の男たちで無事なのは──
 注意深く観察するカオル。そう、さっきの質問は、周囲の状況をさりげなく確認するためのものだ。質問の答えなどは聞くまでもなく、青浦やマリーの会話か ら大体想像がついている。
 けれど、マリーはカオルの思惑には気づいてないようで、少し自慢げな顔で言う。
「わたしは運動型のアルタードだからよ。見る能力が強化されてる視覚型のお兄様と違って、わたしは運動能力が強化されてるの。だから──」
 以外にも丁寧な説明だ。その口調から、自分が強化人間であることと、自分の強さに絶対の自身があることがうかがえる。しかし、カオルはそれ をまったく聞かずに、状況を分析する。
  相手の男で無事なのは七人。振り切るには厳しい人数だ。でも、このマリーとか言うやつが暴れたせいで、包囲には穴が開いてる。それに、みんなあっけにとら れてて、もうおれをつかまえようって顔じゃない。つかまってる景子先生たちを何とかすれば、逃げられそうだ。じゃあどうやって、それをやるかだが……。お れが男たちに向かって行くのをマリーや、他のやつらがだまって見ていてくれるわけもない。ちっ、どうする?
 思考を高速回転させるが、いくら考えても、一人では無理との結論しかでない。誰かに手伝ってもらえれば、活路が見出せるかもしれない。けれ ど、無事なのは彩華一人だ。
 そうして、カオルが何も作戦を思いつかないうちに、マリーの説明は終わりを告げる。
「──つまり、お兄様では絶対に勝てないってことよ。運動型アルタードのわたしにはね」
 言って、右手を自分の胸に当て、優越感にあふれた目でカオルを見た。
 カオルはマリーと目があった。その瞬間、頭にひらめきが起こった。
「んっ! そうか……」
 思わず言葉がもれたが、続く言葉は心の中だけに留めた。
 その手があった。だが、できるのか? ……いや、できる、できないの問題じゃない。やるんだよ。やるしかないんだ、何としても。
 瞬時にそう決意し、表情を引きしめた。
「どうやらお兄様の頭でも理解できたようね。でも、今ごろわかってももう遅いのよ」
 マリーの侮辱するような言葉を聞きながら、カオルは先ほど見渡した周囲の光景を頭の中に思い浮かべた。そして、思い浮かべた光景の中から、景子の位置を 思いだし、景子とマリーを結ぶ直線上に移動し始める。
「なんのつもり? まさか、距離を取ればわたしの動きを見切れるとでも思ってるの?」
「……お見通しってわけか」
 顔を厳しくして答えたが、内心では喜んだ。なぜなら、その言葉も表情も完全な演技で、真意は別にあり、それにマリーが一切気づいてないからだ。
 今、カオルがじりじりと移動している理由。それは、ひらめいた作戦を実行するために、どうしてもマリーと景子を結ぶ直線上にカオルが移動する必要がある からだ。しかし、マリーから視線を外せないカオルは、実物の景子を見れないため、先ほど見た光景から景子の位置を思い浮かべたのだ。だけど、もし、その直 線上に正確に移動できなければこの作戦は即失敗だ。言いかえれば、先ほど思い浮かべた景子の位置が少しでもずれていれば、即失敗ということだ。
 そうして、カオルはここだと思った位置に移動し終えると、ゆっくりと身構えながら集中を始める。
「何? たったそれだけでいいの?」
「ああ。お前の『突進』なら、この程度の距離で十分だ」
 小馬鹿にしたような顔で言った。だが、心の中では底知れないほどの恐れを感じつつ、さらに深く集中する。すると、少しずつカオルの視界が暗くなり だし、世界がモノクロの別世界へと変容する。わずかなマリーの動き、呼吸、視線。カオルの視覚がもらさずとらえる。
 さあ来い。お前の化け物じみた速さで『突進』してこい!
 カオルが心の中で言った時だった。まるで、それに答えるかのごとく、目を鋭く細めたマリーはいらだたしげに言った。
「その態度が、気に入らないのよ!」
 言い終えたマリーの体が静かにかたむいた直後。
 完全な白黒の世界に転移したカオルに、地を駆ける黒い影が迫る。
 ゆるやかな時間の流れに一人身を置くカオルは、けものが走るように急加速するマリーをひとみの奥にとらえた。つり上げた口のはしから白い歯をのぞかせ、 拳をめいっぱい引きつけている。その動きを素早く見切ったカオルだが、しかし、迎え撃つのではなく、低い姿勢のマリーよりさらに低く体を沈めると、なん と、砂利の上に自分から倒れ込み、マリーの方へ転がった。
 すると、高速で拳を放ったマリーは、転がってきたカオルの体に、踏み込んだ軸足を見事にとられ、そのままの速度でカオルの後方へすっとんで行くと、景子 をおさえる一人と激突してもつれ合い、地面をごろごろと転がった。
 その様を見ながら素早く立ち上がったカオルは、しかし、マリーとはまったく別方向の敷石に突然飛びかかると、そこにある黒い物体を「景子先生!」と景 子に投げつけ、すぐに奈々美を指差したあと、彩華へ振り向き、目が合ったと同時に正志へ視線を飛ばした。
 そうしたら次の瞬間には、横っ飛びでムチを受け取った景子は、奈々美をおさえる男に着地しながら黒いうねりを走らせ、正志をおさえる二人へ走り込ん でいた彩華は、手に持つ学生かばんを振り回して、一人の驚き顔を思い切り跳ね上げ、もう一人のあせり顔を弾き飛ばし、あっと言う間に奈々美と正志を助けだ した。
 カオルのひらめいた作戦。それは、マリーの突進力を逆に利用して景子を助け、その景子と無事な彩華の力を借りて、奈々美と正志を助けだすという、二段回 の救出作戦であり、これ以上ないほど完璧かんぺきに 決まったのであった。
「みんな、走れ!」
 カオルの大声が神社の境内に響いた。
 とたん、景子も、奈々美も、彩華も、正志も、カオルが指差す鳥居の方へいっせいに走り出す。
 一方で、未だに男ともつれ合っているマリーや、無事に立っているものの、うろたえるだけの男たち。それらを見たカオルは、作戦の成功を予感した。
 良し! このまま一気に神社を出て、薪負い公園を少しだけ突っ切れば、人のたくさんいる商店街に出る。そうすれば、こいつらだってもう手出しはできな い。逃げきれる!
 そう思った直後だった。
 最後に走り出したカオルの目の前で、ふらふらとよろけた一人が、そのまましゃがんで地面に手を突くと、まったく動かなくなった。
「正志!」
 カオルが叫びながら駆け寄ると、顔を真っ青にした正志が振り向いた。
 貧血だ! 右腕の怪我のせいだ!
 とっさにそう思い、正志に肩をかし、立ち上がらせようとする。
 けれど、正志はカオルの手を拒み、弱々しい声で言った。
「おれに構わず逃げてくれ」
 その言葉でづきりと心が痛んだカオルだが、もう一度正志に肩をかしながら言った。
「何言ってんだ。ほら、早く」
「立てないんだ。足手まといになる。だから、行ってくれ」
「だったらおれが背負うから──」
「なめたこと、してくれたわね」
 切れ味鋭い険しい声に、カオルと正志は同時に振り返った。

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