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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第十章 邂逅かいこう 7

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 詩織は以前として険しい表情のまま、何も答えない。
 そこへ、忍び笑いとともに、景子が挑戦的な口調で言い出した。
「ふふふ、どこまでも恥ずかしい男ね」
 青浦は景子に視線を向け、冷めた声で答えた。
「科学のことを何も知らない白痴はだまっていて下さい」
「あら、白痴はあなただって同じでしょ。現に自分では何も研究できずに、詩織さんの知識にたかるしかしてないじゃない」
「わたしは開発にかかりっきりで、別のことをする余裕がなかっただけです」
「ふっ、無能な人間の言い分ね」
「なんだと?」
 青浦は景子をにらみつけた。ナイフがぴくりと動き、詩織の首筋にかすかに当たると、詩織は顔をゆがめた。だが、景子はそれが見えているはずなのに、とど まることなく話を続ける。
「有能な人間はね、どんなにいそがしくても結果を出すのよ。短時間で優れた結果を出せるからね。でも、それができない人間は、いそがしさのせいにして、自 分の無能をたなに上げるの。あなたみたいにね。あなた確か、臨床班の──」
 カオルが肝を冷やしているのを知ってか知らずか、景子の危険な挑発は続く。
 け、景子先生はどういうつもりなんだ。青浦を怒らせれば、母さんが危ないのに……
 疑うような目で景子を見た。鋭い目付きで、青浦を威圧するように腕組みしている。だけど、その手の位置は少し不自然だ。
 ……ん、なんだ?
 気になったカオルは、その手をよく見た。不自然に見えるのは当然だった。青浦からは見えない位置で、ショルダーバックの中を探っているのだから。
 そういうことか……
 景子のねらいがすぐにわかり、青浦に気づかれないよう、ゆっくりと腰を沈めて身構えた。すると、カオルの体勢の変化を、景子はちらりと横目で見て取り、 青浦へとどめの挑発を叩きつける。
「──あなたのことを見た人は、みんな気づいてるのよ。詩織さんへの執着は、だたの嫉妬だって。才能のない人間が、才能のある人間に向ける、みにくい感情 だって。そんなこともわからないで、油汚れみたいにべっとりまとわり付くなんて、本当に気持ち悪いほど無能な男ね」
「だ、だまれ! 誰が無能だ! わたしは強化人間の──」
 青浦が大声で怒鳴り散らした時、ナイフが詩織の首から離れるのを、カオルも景子も見逃さなかった。
 直後、景子の右手がひるがえると同時に、カオルは青浦へ向かって駆け出した。
 先ほどお互いの動きを見た時、その後の行動を了解し合っていたのだ。景子がムチでナイフを弾いたあと、カオルが突っ込み詩織を救出することを。
 予備動作なしにバッグから抜き放たれたムチと、じゅうたんをり すべるように加速するカオル。怒りの目に景子の顔をとらえたままの青浦は、手に持つナイフを狙う黒い曲線にも、無音で迫るカオルにも一切気づいてない。そ れをすでに暗い視界に映したカオルは、ムチがナイフを叩き落とすと確信し、口もとに微笑を浮かべると、拳のねらいを青浦の顔面にして大きく踏み込んだ。
 しかし、驚きの表情で立ち止まってしまった。微笑は完全に消えている。
 そ、そんな、バカな……
 そう思うしかできないカオルは、大きく開いた目でその光景を見ている。
 驚いたのは景子も同じようで、ムチを放った体勢のままで目をうばわれている。
 数秒の静寂。
 青浦はそこでやっと、カオルと景子が同時に動きだしていたと気づき、あせったような声を上げた。
「お、お前たち、な、何を……ひぇ!」
 景子の手からムチが飛び出して来たのに驚き、青浦は小さな悲鳴を上げて手で顔を守った。だが、ムチは青浦ではなく、その少し横へ一直線に空中を走ると、 そのまま背後の壁に激突し打撃音を響かせた。
 青浦には、ムチがひとりでに飛び出したように見えただろうが、それは違う。ムチの先をつかんでいた人物が、景子の手から無理やり引っこ抜いたのだ。
 その人物はムチを投げ捨てると、最新のおもちゃを買ってもらった子供のような、はしゃいだ声を上げた。
「す、すげぇー! 世界が止まって見えたぜ!」
 興奮でかすかに震えており、驚きと喜びでいっぱいの目で、ムチをつかんでいた手を見ている。だが、それだけ興奮するのも当然だ。景子の抜刀技のようなム チ打ちを、素手でつかみ取ったのだから。かつて景子の屋敷でカオルがしたのと同じように。
 その人間離れした技を見せた人物は、なんと鮫口龍二だった。

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