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暗闇のカオルと 閉ざされた記憶

第十一章 死闘 1

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 ナイフを持った腕を詩織の首に回している青浦は、鮫口を見下ろしながら言った。
「少年、どうしました? まさか、やめるとか言いませんよね?」
「……い、痛ぇ……肩が、は、外れやがった」
「そうですか、なら無事な左腕だけで彼を殴り殺して下さい」
「…………」
 まるで人形にでも命令するような無情な言い振りに、痛がるだけの鮫口は何も答えられない。
 すると、青浦も無言になり、品定めする目で鮫口を見つめる。だが、粗悪品だとわかったかのように、残念そうなため息を吐いた。
「仕方ありませんね──」
 空いている方の手を、スーツの胸もとに忍ばせ、内ポケットを探りだす。
 カオルは、何か危険なものを出すのかと思い、険しい顔で身構えた。
 そして、青浦が胸もとから手を出すと、その手にはあるものが握られていた。
 それが危険極まりないものと判断したカオルは、可能な限り腰を沈め、瞬時に動ける体勢をつくる。だが、もし、それが思った通りのものなら、カオルの動体 視力を持ってしても何もできないかもしれない。
 青浦の手に握られたもの。それはL字状の銀光りする金属でできていて、半分が手から出ている。
 ──カオルには拳銃けんじゅうのように見え た。
 けれど、青浦はその拳銃のようなものをカオルへは向けなかった。何を思ったのか、にっこりと笑うと、あろうことか鮫口の首筋に向けた。
 鮫口をおどすのか、あるいは使えなくなったから殺してしまうのか、とカオルに緊張がみなぎった時、詩織があせった声をあげた。
「な、何をするつもり! その子には、もう投与したんじゃないの! ……ま、まさか、──デュアルブート!」
 異常な驚きを見せた詩織に、青浦はにやりと笑みを見せた。
「よしなさい! デュアルブート計画は無期限凍結になったのよ!」
「理論上は可能です」
「り、理論上って……実験は全て失敗したわ!」
「あのまま続けていれば、いずれ成功していました。失敗に終わったのは、あなたが途中で中止に追い込んだからです。それに全て失敗に終わったのは、再起動 においてのみ。初動においては成功した個体もあります。まあ、その再起動も、確率の問題に過ぎませんがね」
「確率の問題って、どれだけ犠牲が出たと思ってるの! 青浦博士はいつも実験を強行して、失敗ばかり──」
「だまれ! だまれ、だまれ、だまれ、──だまれ! わたしにえらそうに意見するんじゃねぇ! お前は開発のことは何もわかっちゃいねぇんだ! お前が優 れていたのは、基礎理論だけだ! その基礎理論だってなぁ、運が良かっただけに過ぎないんだ! もし、わたしに運が向いてれば、全てはわたしの功績だった んだ!」
 感情を爆発させ一気にまくしたてると、はぁ、はぁ、と荒い呼吸をする。
 カオルが拳銃と間違えた道具。詩織が言った『投与』の言葉から察するに、何かの薬を投与するものなのだろう。だが、詩織の驚きは普通ではなかった。も し、投与した場合、何が起こるのだろうか。
 その後、息が整った青浦は、ぶつけた剣幕で押し黙った詩織から鮫口に視線を向け語りかけた。
「少年。君は、桜川の息子に負けたままでいいのですか?」
「ああァ、んだとォ? おれは負けてねぇ……負けてなんかいねぇ!」
「それでもいいでしょう。ですが、彼はまだ生きています。まさか、君を助けた時の約束を忘れたわけではないですよね?」
「ああ」
「しかし、君は負傷して、彼はぴんぴんしている」
「…………」
「もう一度だけチャンスをあげます。もし、君が望むなら、さらなる力を与えて差し上げましょう」
「……さらなる力?」
「そうです、さらなる力です。もし、君に素質があるなら、もし、君が選ばれた人間であるなら、今以上に大きな力を手にできます。ですが、もしそうでないな ら、君は君でいられなくなります。──どうしますか?」
「今以上の、大きな力……谷風の力よりも、すげぇ力なのか?」
 鮫口は戸惑った声で聞き返し、青浦の顔をじっと見た。すると、青浦は目だけで優しそうな笑顔を作った。
 その笑顔に、カオルはおぞましいような気持ち悪さが込み上げたが、鮫口は違ったようだ。果てしない希望を見出したように、力強く青浦を見つめた。
「おれが谷風に負けるわけがねぇんだ。谷風にできて、おれにできねぇわけがねぇんだ。おれに才能がねぇわけねぇんだ! もっと強くなれるなら、どうなろう とかまわねぇ、なんなら命だってくれてやる! ──頼む、やってくれ!」
 青浦の言ったことを鮫口はどこまで理解しているのか、何やら意味の通らないその返答からは正確にはわからない。だが。
「ふふふふふ、聞いての通り、アイ・シーは得られました。これで、わたしのこの行為は正当なものとなります」
 青浦は全てを都合良く解釈したようで、何かに恐れるカオルたちには目もくれず、薬を投与するらしい拳銃状の道具を鮫口の首筋に当てた。
「グッドラック──幸運を祈りますよ」
 ぷしゅっとビールのせんを開けるような音 がし、鮫口はびくんと全身を振るわせた。

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